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映画・演劇のレビュー

『ハドソン川の奇跡』

2016-10-02 20:00:25 | 映画

クリント・イーストウッドが『アメリカン・スナイパー』の後でこの映画に挑む。いつもながら、なんでもアリだ。こういう一見単純感動ストーリー。だが、そうじゃない。でも、最終的にはヒューマン・ストーリー。ゼメギスの『フライト』と似ているけどあそこまで屈折していない。もちろん彼(クリントね)は美談を見せたいのではない。人間の強さと弱さを見せつけることで、そこを乗り越えていくための戦いとその根底にある信念とを描こうとしたのだ。英雄と言われ拍手された。しかし、本当は怖かった。自分の判断は正しかったか。それを審議委員会から指摘され、不安になる。それは自分が今まで生きてきたすべてを賭けた選択だった。

 96分という上映時間は凄い。この手の映画では破格の短さ。でも、無駄がないだけではなく、必要なものはちゃんと描かれていてボリュームもある。2時間くらい見た気分にさせられる。それって凄い。35秒の判断が155名の生死を決する。美談ではなく、プロの冷静な判断と、自信。でも、瞬間でそれを実行し、成功させるなんて至難の業だ。本当言うと、怖い。だが、そこで迷っている暇はない。成功した後、英雄ともてはやされることに戸惑いを感じる。正しいは一つではないことは彼自身がよく知っている。無謀な判断が乗客を危険にさらした、と責められる。208秒しか時間はない。そのなかで何をして、どういう判断を下すのか。そして、自分が選んだこと、自分自身を信じ、集中する。

 映画は終わった後から、始まる。そこからの回想ではなく、審議委員会の判断に至る過程が描かれる。その中で、事故の再現がなされる。あのときが、目の前に描かれるのは最後の30分くらいになってからだろう。確信を持って、自分の判断に誤りはなかったと、語ることになるトム・ハンクスが素晴らしい。不安に圧し殺されそうになる。その過程が前半で実に丁寧に描かれる。(96分の映画なのに!)このタッチで最後まで描けるのかと、見ている方が不安になるほどの悠々たるタッチだ。

 監督のクリントは動じない。動じているのは主役のトムのほうだ。世界の巨匠になった彼がここでも悠然と構えて、この映画をコントロールする。84歳のふつうなら老人と呼ぶしかない年齢の彼のフットワークの軽やかさに、ほれぼれする。80代になってもこんな映画が作れるのだ。しかも、コンスタントに。彼の判断力の適切さは今までの映画が証明している。だが、改めてこの映画でそれを再確信させられた。あの機長はクリントだ、と言える。


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