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映画・演劇のレビュー

『天水圍的日與夜』(『生きていく日々』) 

2011-09-07 00:08:30 | 映画
 ここまでセリフが少ないと助かる。いつものように日本語字幕がないから、話していることは、絵を見て想像するしかない。そういう意味ではこの映画は、最初は日常会話ばかりで、喋っていることにあまり意味がないのもいい。そこも助かる。だが大事なことはそんなことではない。このそっけない日常のスケッチがとてもすばらしいことだ。

 本作はうちの嫁がいつものように台北映画祭に行ってきて、そのおみやげとして、買ってきてくれるDVDシリーズの1本である。アン・ホイの2008年作品。これは一昨年、アジアフォーカス福岡国際映画祭に行った彼女が見た数々の作品の中で一番好きだというもの。セリフも少ないけど、それ以上に映画の中で事件が何も起こらないのに驚く。見事に何もない。淡々と日常をスケッチする。高校生の息子と、マーケットで働く母親の2人暮らしの日々が描かれる。しかも、途中から、同じマンションに住む一人暮らしのおばあちゃんとの交流が描かれ、そこにかなりの比重が置かれる。なんともバランス悪い。でも、そんなことにはお構いなしだ。

 なんでもない日々。それを描いたこの映画がなぜかとても面白い。何もないことがなぜこんなにも刺激的なのだろうか。不思議だ。少しくらいドラマチックでもいいではないか、と思うけど、そうはしない。さりげない。もちろんそこがねらいだ。絶対何も起こさせない。ここまでしても退屈にならないのは、このなんでもない日々を丁寧に見せることで、とても愛おしいものが見せれるとアン・ホイは信じたからだろう。実に見事だ。

もちろん何も起こらない映画がいいとかいうわけではない。だが、こんなにもわざと、と思えるくらいに特別なことが起きない退屈でしかない映画を作りながら、それにこんなにも心惹かれるってどういうことなのだろうか、と思う。しかも何を喋ってるかわからないのにである。まぁ、ただの日常会話ばかりだから、見ていれば充分想像できるし、たわいもないことだから内容なんか流すだけで、気にも留めないでいいのだろう。

 じゃ、そんな映画が面白くなるの、と言われそうなのだが、やはり何度も言うが、かなりおもしろいのだ。というかすごくおもしろい。ドキドキさせられる。なんでもない日常のスケッチがこんなにもスリリングだったことに改めて気付かされる。

 母は同じマンションの老婦人に親切にする。でも、それだけである。ポスターには2人の姿が描かれてあるのだがこの2人の友情がテーマだ、とかいうわけではない。どちらかというと、これは母と息子の話だ。2人が主人公だ。確実にこっちがメーンだ。映画は特別なことを描かないから、どこがメーンで何が言いたいとか、肩肘張らない。なんのお構いもしませんが、のんびり見てください、って感じなのだ。そのリラックス振りがすごいのだ。見終えて深い満足感を抱く。でも、そこにはあたりまえの日々しかない。もちろんそれで十分なのだ。

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