今年になってようやくパオ・チョニン・ドルジ監督のデビュー作『ブータン 山の教室』を見た。こんな凄い映画だとは思いもしなかったから驚いた。見る前はただの甘い映画だとたかを括っていたのだ。このまさかの傑作を劇場で見逃していた不覚を恥じた。だから今回は是非とも劇場で見る。
今回もまた温かい映画である。だが前作同様、ただのハートウォーミングではない。ブータンの民主化は、王さま自らの提案で始まった。2006年の話らしい。だけど国民は王さまが大好きだから選挙でもほんとは王さまを選びたい。だいたい選挙って何?とみんなは思っていた。だからまず選挙ってものを教えることから始めるのだが。
平和だった村は選挙のために争いが始まった。本末転倒の事態である。さぁ、どうする?
たくさんのお金なんかいらないという老人の対応に心打たれる。生活できたら充分。だいたい紙でしかないお札なんかより信じられる人がいることが第一。大金を積んで幻の銃を買いに来たアメリカ人に提示した額よりずっと少ないお金でいいよ、と言う老人。そんな大金いらないから、と。しかも結果的には後から来た若いお坊さんにその銃を無料で渡すし。
映画の冒頭はその若いお坊さんが重い樽状の荷物(あれは何?)を抱えて歩いてくるシーンだ。前作は主人公である若い先生が村まで延々と旅するシーンだけで30分以上続いたことを思い出す。今回はたぶん2、3分くらいの長回しだったけど、相変わらずののんびりしたタッチでうれしくなる。パオ・チョニン・ドルジ監督は今回も変わらない。
これは幸せって何なのかを考える映画。ブータンという国だって今では近代化が進み、昔ながらの生活ではなくなる。テレビだって村にはやって来たし。みんなでダニエル・グレイグの007映画だって見るんだ。(街頭TVじゃないけど、村の茶店で、一緒にね)そんな時代(日本の昭和30年代か?)になっても彼らは変わらない。
世界一の幸福度を誇るブータンは貧しいけど、みんな幸せそうで、素直。いい人ばかり。映画はこの「変わりゆく世界で、(それでも)変わらないもの。」を提示する。
ラストの満月の日に行う法要が素晴らしい。こんなところに落とし込むのかと感心した。徳の高いお坊さまが銃を用意させた謎解きの答えにも納得。シンプルで素晴らしい幕引きです。今年最後の収穫。