中村賢司さんがかつて書いた二編の中編作品を「怪談」という括りのもと再上演した。この2編は敢えて怪談と呼ぶ程のものではない。日常と背中合わせになったほんのちょっとした狂気の一瞬が描かれる。だが、これをわざわざ「怪談」と呼ぶことで、見えてくるものもある。この日常のなんでもない風景の中に潜む魔について、耳を澄ませたくなる。中村さんは怪談というファクターを通して、この日常のなんでもない風景を微妙に歪ませるのだ。
第一話「背中に夜が生える」の松原さんが演じる男の不気味さは突出している。あれをわざとらしいと受け止めるとこの作品は成立しない。あの不自然さがこの作品を日常の次元から異次元の世界へと飛躍させる。仕事が終わったにも関わらず、いつまでも控え室に居残って、つまらない雑談をしている二人の女たち。彼女たちの抱える孤独は、それだけならなんのこともないスケッチで終わる。しかし、突然やってくる松原さんによる何度かの来襲によって、彼女たちの日常はわけのわからない不安に変わる。感情の振幅が大きくなっていく。窓に当たる石よりも彼の存在の方が大きくなっていく。石を投げているのは誰なのか、ではなく、なぜここにいるのかという何でもないことの方が気になる。あたりまえの風景が微妙に歪んでくる。そんなざわざわした気分が描かれる。
第二話「四畳半に電車が走る」は石塚さんのひとり芝居なのだが、ひとりきりの部屋で繰り広げられる妄想とも、現実とも判明し難いドラマが、彼の狂気を増幅していく。妻子に逃げられ(事故死かもしれないが)、ひとり侘びしく暮らす日々の中で、仕事帰りに毎日通うコンビニの店員である女性に対する妄想を膨らませていく姿が描かれていく。4畳半の部屋でたったひとり鬱々と過ごす時間。彼の孤独な叫び声が聞こえてくる。自分で自分を追い詰めていく様は痛ましい。
第一話「背中に夜が生える」の松原さんが演じる男の不気味さは突出している。あれをわざとらしいと受け止めるとこの作品は成立しない。あの不自然さがこの作品を日常の次元から異次元の世界へと飛躍させる。仕事が終わったにも関わらず、いつまでも控え室に居残って、つまらない雑談をしている二人の女たち。彼女たちの抱える孤独は、それだけならなんのこともないスケッチで終わる。しかし、突然やってくる松原さんによる何度かの来襲によって、彼女たちの日常はわけのわからない不安に変わる。感情の振幅が大きくなっていく。窓に当たる石よりも彼の存在の方が大きくなっていく。石を投げているのは誰なのか、ではなく、なぜここにいるのかという何でもないことの方が気になる。あたりまえの風景が微妙に歪んでくる。そんなざわざわした気分が描かれる。
第二話「四畳半に電車が走る」は石塚さんのひとり芝居なのだが、ひとりきりの部屋で繰り広げられる妄想とも、現実とも判明し難いドラマが、彼の狂気を増幅していく。妻子に逃げられ(事故死かもしれないが)、ひとり侘びしく暮らす日々の中で、仕事帰りに毎日通うコンビニの店員である女性に対する妄想を膨らませていく姿が描かれていく。4畳半の部屋でたったひとり鬱々と過ごす時間。彼の孤独な叫び声が聞こえてくる。自分で自分を追い詰めていく様は痛ましい。