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2019年に『魔法がとけたあとも』として出版された単行本を改題して文庫化した。オリジナルタイトルは5編の短編全体を象徴させたが、今回は5つの中の一編のタイトルを使う。だけど、こうすることでさらにこの作品集全体に共通するイメージが明確になった気がする。『魔法がとけたあとも』現実は続く、というよりも「彼方」にあるもの(主人公たちの「アイドル」)を見つめることが、現実の先に向かう我々の大事だ。
20年ずっと好きだったアイドルではなく、14年間育ててきた彼女のアイドル(息子)を見守ることの大事。それは他の4つの作品が扱う問題にも共通する。生まれた時からある大嫌いなホクロ、妊娠期のツワリ、胸のシコリ、不妊治療、そのどれも同じだ。自分の抱える負の部分。それがもしかしたら自分にとって大事なものかもしれない。短銃な善悪では判断しきれないものがある。奥田亜希子は彼らが抱える複雑な心情を、短い作品の中で丁寧に切り取り、鮮やかに提示する。
いろんなことが簡単にはいかない。ずっと抱え続けるほうがいいのか。取り除くのか。でも、今はそんなことは不可能だから、耐えるしかないのか。5つのエピソードはそれぞれ別々の問題でそれを一括りにはできない。そんなことはわかっているけど、この5作品を連続して読み終えたとき、そこに横たわる一筋縄ではいかないものに気づく。自分たちがこだわっていたものの正体がしだいに明らかになる。これらはいずれも同じものだ。その大事なものとどう向き合うか。答えはそこにある。それを『彼方のアイドル』というタイトルは見事に象徴する。遠いからいい。遠いけどちゃんとそこにある。僕らはここにいて、ちゃんとそれと向き合うべきなのだ。