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映画・演劇のレビュー

『余命10年』

2022-03-09 09:40:38 | 映画

藤井道人監督の新作だ。今や飛ぶ鳥も落とす勢いで新作を連打する若手監督のリーダーだ。しかも、特定のジャンルではなくさまざまなジャンルの作品を手掛ける。今回は恋愛もので、難病ものというある種の定番に挑む。昔はバカにされたお涙頂戴映画だ。その王道をいく作品を彼が手掛けると、どうなるのか。

奇を衒うことなく、堂々たるメロドラマになる。実話をモデルにした作品だろうが、こんなに泣けるのに、それがあざとくはならない。彼らの抱える傷みが素直に心に響く。余命10年の宣告を受けた女の子が残された(与えられた)10年を精一杯生きる。人間は必ずいつか死ぬ。そんなこと、わかりきったことだ。だけど、そのいつかがわからないから、こんなふうにのんびりと生きていられる。でも、それが見えたなら、どうなるか。しかも、病魔に侵され徐々にどんどん病んでいく。体の自由も効かなくなる。

2012年からの10年間。大学を中退して入院、2年後、ようやく退院する。大学を出て、就職して、恋をして、結婚もして、子供も産みたい。幸せな家族を作り、やがて老いていく。そんな当たり前の人生を送りたかった。でも、そんな夢はかなわない。自暴自棄に陥るのではない。静かに現実を受け入れて、やれることをやる。病気と闘うのではなく、自分の人生と向き合う。小松奈菜が演じた女の子は、どこにでもいる等身大の20代の女性だ。彼女には30代以降の人生はない。10年ぶりくらいになる中学の同窓会の案内が届く。久々に帰郷して、(大学から東京で暮らしていた)昔のクラスメートと再会する。そこで、忘れていた坂口健太郎演じる同級生の男の子と出会う。彼は仕事を首になり、実家からも見放され、生きる目標を失くしていた。やがて、なんとなく自殺を試みる。

これは、そんな彼と彼女の物語だ。弱さと強さが同居する。10年という歳月は短いようで長い。でも、人の一生だと考えると悲しいくらいに短い。30までで死ぬ。そんな理不尽と向き合い、それを大好きな人には打ち明けず、甘えることなく、最後まで一緒に過ごす。支えられるべき立場にある彼女が彼を支える。彼を支えることで自分がちゃんと立っていられる。

人生は短い。だから、生きているこの瞬間を大事にしなくてはならない。そんな当たり前のことを彼女の10年を通して教えられる。それを伝える映画はたった2時間だ。だからこそ、この2時間を彼女たちとともに精一杯に生きる。スクリーンを見守りながら、まるで彼女の10年を共に生きた気分にさせられる。こんなに素直にずっと涙を流し続けながら映画を見たことがない。涙はただの自然現象だ。息をするように泣いている。それは彼女の眩しい生きざまへの感動だ。実話をベースにした映画だから、ここには嘘がない。数万人にひとりという治療不可能な難病に罹り、余命10年を生きる。あきらめではなく、現実とちゃんと向き合う。その強さ。自分の夢であった小説家を目指し、この現実を『余命10年』という小説に込める。これで満足か、と言われると、そんなわけはない、と答えるだろう。でも、それを笑顔で彼女なら言えるはずだ。


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