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映画・演劇のレビュー

『お父さんと伊藤さん』

2016-10-25 00:45:04 | 映画
このなんともふざけたタイトルが素晴らしい。まるで何にも考えてなさそうなさりげなさ。でも、これくらいにシンプルでよく考えられたタイトルはない。映画自体の誠実さを見事に代弁している。この映画のポスターには私とお父さんと伊藤さんの姿しかない。3人が縦に並んだ図柄だ。ここまでやるか、と思うくらいにシンプルなのだ。もちろん、映画もポスターに負けないほどにシンプルな内容。



言うまでもない。私と伊藤さんが暮らす部屋にお父さんがやってきて同居することになる。終わり。   そんな内容だ。ないわぁ、と思う。何が?
もちろん、ストーリーである。

「つまらない」の「ない」ではなく。映画の中にドラマチックなお話がない、ということだ。まぁ、突然お父さんがやってきて同居することになる、というお話はあるけど、それは2時間のおはなしではなく、1行のお話だし。



2時間、彼ら3人の日々が淡々と描かれていくばかりだ。まぁ、この「淡々と」というフレーズは僕の専売特許で、「好き」と同意語だからあれだけど。要するにとても好みの映画だ、ということなのだ。もともとタナダユキは好きだけど、今回は最高傑作と言うべきだろう。ここまでどうでもいいような話でこんなにも身につまされて心で泣かされる。(今の時代、お涙頂戴映画なんてないし、それはみんな嫌いだろう)



ドラマチックとは無縁で、介護や、生き方(このふたつが僕にとって今一番の課題)という今一番大事な問題を向き合え、ちゃんとした答えを出してくれ、さらには元気にさせられる映画。そんなフルコースである。『永い言い訳』を超えて今年ベストワンにしたい映画だ。(まぁ、僕だけ、だろうけど)



34歳の私(上野樹理)。54歳の伊藤さん(リリー・フランキー)。74歳の父(藤竜也)。いきなり兄から呼び出され、兄のもとにいる父の面倒を見てくれ、と言われ戸惑う。「嫁と折り合いが悪くなり、彼女がノイローゼになってしまった。子供たちの受験もあり、せめて半年でも」と言われる。兄には断るが、その日、父が突然やってきて、そのまま、居着く。



今、こんな話をつきつけられたら、ちょっと嫌な気分になりそうだ。なのに、この映画はそんな現実を正面から逃げずに描きつつも、しかも、ファンタジーではなく、リアルに描き、悲惨にはならない。それどころか、とても元気にさせてくれる。これは、世の中のかたすみで必死になって生きている人たちに勇気をくれる映画となった。



なんと日曜の朝から、この映画を見るために、なんばまで行く。(なんばでは、公開から2週目なのに朝1回しか上映していなかった!)でも、わざわざ早起きしてよかった。



とても静かな人気のない東京のかたすみの町で暮らす彼女たちと2時間(映画の時間ね)を一緒に過ごせてよかった。この映画の魅力はそのなんでもないロケーションにもある。彼女たちが暮らす平凡な町の、町並み。リリー・フランキーがいじる庭の家庭菜園もいい。(昨年の『ピース・オブ・ケイク』の主人公が住んでいたアパートと同じだ。)



54歳でアルバイトして暮らす伊藤さんのことを、同じコンビニで働いていた私は、あんなおじさんとは関わりたくないな、と思っていた。くたびれた中年オヤジで、自分なんかよりずっと若い同じバイトの子に偉そうにされ、でも、ひょこひょうこ謝り、なんだかみっともない。そんな初老のおじさんだ。なのに、たまたま何度か一緒に飲みに行くことがあり、気付くと家でも飲んでいて、そのまま彼が居着いた。20歳も年上で、さえないおじさん。何の魅力もない。でも、一緒にいると落ち着く。



74歳で3年前に妻を失い、ひとりになったお父さん(彼女は彼のことを「父」とは言わない)。長男の家で同居するが、上手くいかず、頑固で、でも、すこしぼけ老人になりつつある。毎日何をするでもなく、ふらふらしている。元小学校教師で厳格。とても面倒くさい性格。



そんなふたりと過ごす時間。ふつうに考えたなら、あやさん(彼女の名前ね)も、伊藤さんも人生の負け組、ということになるはず。彼女たちのところにきた父親も、そう幸せな老後なんかない。だけど、幸不幸なんて、誰にも決められないし、本人たち次第。



何もない、夢も希望とかも。でも、彼らを見ているとなんかとても幸せそうに見える。ただ、ぼっとしているだけ。何をするでもなく。その日働き、食べて、寝る。そのくりかえし。そんな彼らに感情移入してしまう。出来てしまう。彼らの日常がなんだか眩しいくらいなのだ。リリー・フランキーが素晴らしい。こんなにもしょぼいおじさんなのに、魅力的だ。



この映画における僕の立ち位置は、どちらかというと、伊藤さん寄りなのだけれど、うちの娘と旦那さんのことを視野に入れると、絶対にお父さん寄りになってしまう。あと少し先の未来の方が、ほんのちょっと過去よりも興味あるのは当然だろう。映画を見ながら主人公の上野樹理なんか、アウト・オブ・眼中である。



こんなに感情移入して映画を見たのは久しぶりだ。身につまされるという共感だけではなく、先にも書いたようにここに描かれる彼らの姿が魅力的だからだ。そして、提示される映画の答えが素晴らしい。ありきたりと思われるかもしれないけれども、大切なものがそこにはある。
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