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映画・演劇のレビュー

辻村深月『光待つ場所へ』

2010-08-20 20:27:44 | その他
 3つの中編小説で構成されてある。大学生、30歳直前、中学生、と、まるで世代の違う主人公たちのドラマは総合タイトルである『光待つ場所へ』それぞれが導かれていく。

 個人的には最初の『しあわせのこみち』が一番好きだ。この自分に対する自惚れが打ち崩されていく瞬間から始まるドラマは、生まれて初めて正直になり、誰かを好きになり、素直になるまでのお話だ。自分を縛っていた楔を解き放つ瞬間をさわやかな感動とともに描いてくれた。

 「生まれて初めて味わう、圧倒的な敗北感」と彼女は言う。自分よりもすごい才能を持った同級生と出会い、彼に魅かれていく。それは恋ではない。誰にも負けないというプライドと、本当は自分の才能に対する自信のなさ。昨年コンクールで入賞できなかった屈辱。今年はさらに高いレベルのコンクールに挑む。自分の絵に対する絶対的な自信は揺らがないと思っていた。だが、自分が落ちてしまったコンクールで入選した彼と出会い、その考え方、ものの見方を知り、自分と同じものをそこに感じる。話はそこから始まる。

 才能があることの孤独。人を見下してしまう傲慢さ。どんなに偉そうなことを言おうとも、まだ20歳くらいの子供でしかない。誰も自分のことなんか理解してくれない、と思う気持ちと、自分のことなんか他人にわかられてたまるか、という思い。わがままでしかない。でも、そんなものだろう。彼に導かれて、今まで自分が見もしなかったほんの少し大きな世界と触れる。そこには当然いろんな人がいる。そんな中で彼と同じコンクールに出品するため、本当の自分らしい絵を描く。単純な話である。だが、この単純な「複雑さ」が面白い。彼女の世界に生じた微妙な変化を、この小説はきちんと書きとめてある。

 『チハラトーコの物語』も同じだ。モデルの仕事をして、周囲から奇麗だとチヤホヤされてきた女が、30歳を目前にして、素直な気持ちでオーディションに臨むまでの心境を、幼いころから現在までの歴史を振り返りながら語る。みんなを楽しませるための嘘。彼女は幼いころからずっとそんな嘘をつき続けてきた。自分もいい気分になれるし、誰も傷つけない。だが、それはどこかで自分から逃げていることでもある。本当と向き合うのが怖いからだ。

 『樹氷の街』の合唱コンクールに向けて頑張る中学生たちのドラマも、また同じだ。彼らもまた自分と向き合うことを避けている。だが、いつまでもそんな風ではいられない。3篇のうち、これだけは群像劇になっている。子どもたちがそれぞれの思いを秘めながら、一つの目標に向かって行くという定番を踏みながら、それぞれの孤独な心情は冒すことがない。

 作者である辻村深月の慎重すぎるくらいの臆病さがこれらの小説の魅力だ。これは単純な成長小説ではない。だが、とてもシンプルなお話だ。方向性にぶれがない。とても一途だ。だから、こんなにも感動的なのだ。



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