3組の夫婦のお話だ。それぞれの事情が描かれていく。彼らがお互いと向き合い、今感じることをぶつけ合うわけではない。どちらかというと、あきらめだ。わかり合えない。でも、まだ終わりではない。それどころか、始まってもいない。3つの話は基本的には交わらない。オムニバスというわけではないけど、並行して描かれる。ニアミスくらいはする、その程度だ。近くに住んでいる。10階建てのマンション。3階建てのハイツ。向かいに新しく出来る20階建ての高層マンション。舞台となるのはそんな場所。2年前の『これっぽっちの。』の続編。前作は2組の夫婦だったが1組増えることで、見えてくる世界が格段に広がる。
たぶん、今の生活に不満があるわけではない。だけど、何かが違う。再婚した夫婦。妻には連れ子がいて、上手くつきあえない。籍はまだ入れてない。42歳のフリーターの男と、30代になったばかりの同じようにフリーターの女。だからまだ同棲状態。年上の妻と、ほぼ専業主夫をしている男。正式に結婚はしているけど。
特別なできごとはない。ただの生活のスケッチだ。不満があるわけではない。一応は穏やかな日々が続いているようだ。だけど、今の暮らしが幸せだとは思えない。でも、どうすればいいのかなんてわからないし、なんだかこれからいいことなんか起きないと、思う、その程度。
棚瀬さんは彼らのそんな日々を見つめていく。ここから何かのお話を引き出そうというのではない。ドラマのような展開はない。それどころか表面的には何も起きない。だけど、この一見何も起きない日常から目が離せないし、彼らの一挙手一投足からも目が離せない。静かな緊張感が持続する。
ドレスを着た3人の女たち、ヒーローの扮装をした男たちによって、彼らの夢や憧れが語られるシーンが挿入される。3人がそれぞれ、別々の思いの丈を述べる。そんな彼らの言葉が交錯する。現実のスケッチとの落差は大きい。だがそれは夢と現実の落差ではない。現実と現実の落差。内面を語る彼らと、相手と向き合うけど、それはしない彼ら。当然のこととして、本音なんか言わない。
さりげない。でも、こんな芝居が見たかった。自分たちの生活をしっかりみつめる。それは彼らのではなく、彼らを通した観客である我々自身の生活なのだ。ここに描かれる3組の姿が4組目の自分自身に返ってくる。彼らを通して僕たちは自分を見ている。