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映画・演劇のレビュー

伊坂幸太郎『あるキング』

2010-02-18 16:53:19 | その他
 この嫌な話を伊坂幸太郎が書いたということに驚く。プロ野球の世界で信じられない成績を残すために生まれてきた一人の男のサクセスストーリーとしてではなく、彼の抱えた運命を、ただそこに殉じるためだけの物語として描く。要するに痛快娯楽小説ではなく、重厚な神話のように見せちゃうというわけなのだ。

 0歳からスタートして、23歳までを、ピンポイントで、12章仕立てにして見せる。王となるために生まれてきた男の23年の生涯を、ただ淡々と見せていく。各エピソードは彼の周囲の複数の人物の視点から描かれる。そして、そこには極端な人物ばかりが出てくる。穏やかで、ただ黙々とバットを振っている王求(主人公の名前だ)の方が、普通の人間ではないかと思えるくらいだ。

 ここに登場する彼の周囲の人間は極端な方向に針が振れてしまっている。彼のために彼をいじめる上級生を情け容赦なく殺してしまう父親を筆頭にして。さらには、王求を殺そうとするサラリーマンや、その男に唆されて実際に王求を殺してしまうことになる所属チームの監督も含めて。そして、運命のように、自分の死を受けいれていく王求。

 打率7割、とか8割のプロ野球選手なんて、あり得ないし、もしあり得たなら彼の出る試合は面白くはない。彼のように全打席がホームランの男というのは、スポーツの世界では意味をなさないからだ。困難があるから、それを成し遂げたらおもしろいのだ。なのに、彼にとって打つことは困難ではなく、当然のことだ。だから、周囲は彼を受け入れない。

 これはエンタテインメントではない。この男に課された運命を静かに描くばかりだ。面白おかしく荒唐無稽な話で見せて行くわけではない。そこがこの作品の問題点だ。伊坂幸太郎は、このお話で読者を楽しませようとは考えていない。

 これは運命の物語として描かれるファンタジーだ。だが、それをおもしろいと思うか否かは、かなり微妙だ。

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