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映画・演劇のレビュー

村山由佳『ある愛の寓話』

2023-02-23 09:10:33 | その他

これは6篇からなる短編集。タイトル通り、6つの愛の寓話集。大切な記憶を失う前にちゃんと話しておくこと、書き留めておくこと。認知症になった女性のお話から始まる。この最初のエピソードの重要なアイテムは「かえるの縫いぐるみ」。幼い頃からずっと大事にしてきた。次のエピソードでは「犬」、そして「猫」、「かご」(バスケット、ね)、「馬」。最後は「本」(そこに綴られた自分の記憶)。いずれも相手は人間ではない。愛の対象は人とは限らないけど、6つとも人ではない。

だが、最初のお話の聞き手は人間だし、彼女を一番大事に思っていた人だ。ずっと彼女を見守って来た。そして最後の話は年老いた彼の伝記(自分史)を書くためにやってきた若いライターだが、聞いているのはその人。この2つはいずれも記憶を巡るお話。死んでいく人たちのお話でもある。そこで再び最初に戻ってくる感じ、か。認知症の女性から始まり、死に行く老人(男性)まで。

彼らにはかけがえのない恋人や家族はいる。だからこれはそんな人たちとの話でもある。でも、いずれのエピソードもそれだけではない。そこには、その中心には、必ず「あるもの」や「ある動物」がいる。そんな小さな「ものたち」が大きな幸せを連れてくる。いや、それが大きいかどうかはわからないけど、それはずっと彼女たちのそばにいる。(いや、死んだ猫のように過ごした時間は短い時間だったものもいるけど、彼女の中ではこの先もずっと続く。)

不思議な感触の残るお話ばかりだ。これはそんな「もの」と「ひと」とのお話だ。犬を愛した女性。猫に癒された女性。かごは自分を大事にしてくれる人のもとに行き、旅をする。馬は死んだが、別れた彼とは再会できる。   愛とは記憶。

 


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