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映画・演劇のレビュー

吉田修一『森は知っている』

2015-10-21 21:20:40 | その他

読みながら、吉田修一は最近このタイプの小説をよく書くよな、と思った。世界を舞台にしたスパイもので、昔の彼なら、こういうのはやらなかった。でも、今の彼はやる。

でも、今回はただの産業スパイの話ではなく、ある犯罪の犠牲になった子供がその後の人生をいかに生きたか、というお話でもある。しかも、4歳で母親に殺されそうになった彼が(2歳の弟は死んだ。)その衝撃からいかにして立ち直ったのか(とうか、立ち直れないけど)も描かれる。事件から13年後の、17歳になった彼を描く青春小説でもある。最初はそうか、と思ったけど、すぐに、これはそうじゃない、と思い知らされる。えっ、と思ういきなりの展開。

で、ようやく、気付く。これは『太陽は動かない』の主人公鷹野のお話だったのだ。(もっと、すぐに気付けよ!)彼の生い立ち、少年時代、組織の一員として仕事を始めるまで、という「ビギニング」が描かれる。

17歳の少年が、産業スパイとして、信じられない力を発揮する。007もかくや、というような手の汗握るエンタメ小説なのだが、そこは吉田修一だから、単純な荒唐無稽ではない。しかも、『悪人』や『怒り』のあのタッチはここにも健在。エンタメと人間ドラマが共有する作品で、そこに青春小説としてのキラメキまでもが加味される。なんとも贅沢な作品なのだ。

東京から転校してきた美少女との恋物語が、作品の底流を流れる。詩織と鷹野との淡い恋物語が胸に痛い。一緒にはいられない運命のふたりのほんの一瞬のドラマ。ラストでふたりを再会させるのも、きっとそんなほろ苦さをここで描きたかったのだろう。これは17歳の男女の恋愛もの、でもあるのだ。そこがなんとも嬉しい。こういう小説を読みたかった。アッという間に読み終えてしまった。もったいない。



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