習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『架空OL日記』

2021-05-10 12:14:06 | 映画

あるOLの毎日を短いエピソードの連鎖で描く1年間のスケッチだ。朝起きるところから始まり、職場に向かい、ロッカーで着替え、仕事が始まる。みんなでランチしてほんのひと時のお昼休み、トイレでの雑談、仕事帰りには飲みに行くこともあり、休みの日は家でゴロゴロしたり、地元の友人と会っておしゃべりしたり、、、 誰もが当たり前に繰り返している日常の風景がさりげなく描かれていく。こんなにも何もない生活スケッチがだらだらと描くだけの映画なんてないだろう。なのに、それがこんなにも面白いのはなぜか。当たり前すぎて、反対に刺激的なのかもしれない。彼女たちの姿を覗き見しているようなリアリティがある。だがもちろんそれだけではない。

この映画の凄いところは主人公のOLをバカリズムが演じていることだ。男である彼が女装して笑かしてくれるからではない。彼が女として当たり前にそこにいて、みんなと違和感もなく普通に過ごしている。女子行員たち(彼女たちが勤めるのは銀行である)にまじって男でしかない彼がそこにふつうにいる。その違和感のなさが、緊張を生む。無理して女装するのではなく、どう見ても彼そのもので、そこにいる。みんなも彼がそこにいることに、(女であることに)何の疑問も抱かず、一緒に過ごしていく。その日常を僕たちは見守る。

バカリズムはとても自然にそこにいる。そこにいることが当たり前のことだからだ。この夢の中のような不思議な感覚で描かれる何の変哲もなく見えるきっとどこにでもある光景の数々が、彼の目を通して描かれることで、こんなにも新鮮で、今自分は何を見ているのだろうか、とちょっと不安になる。全編彼の何でもないナレーションで綴られていく。そのそっけなさが、さらに不安を掻き立てる。この心地よくはあるが、シュールな悪夢のような日常のスケッチを通して、この世界がぐにゃりと歪んでいく感覚に眩暈がする。

ラストで、これが男である彼の見た幻だったことは、描かれるのだが、そこには何の意味もない。この世界から彼女(もちろん、バカリズム演じるOLである)が消えて、その不在のまま、それ以前もそれ以後も彼女たちOLの日常は続く。最初から彼女なんかいなかったのだから。では、僕たちが見てきたものは何だったのか? 彼女の存在は何だったのか。もちろん、なんでもないのだ。どこかにいる誰でもあり、誰でもないひとりのOLだ。いてもいなくても変わらない。

バカバカしい設定で笑わせるわけではない。異常な設定で驚かせるのでもない。ただ、彼女がそこにいる。そしてふつうに生活をしている。これはただの妄想でしかないのかもしれないけど、こんなにもリアリティのあるスケッチはない。それがこんなにも刺激的である。僕たちの存在というものはこんなにも淡いものなのかもしれない。そこにいるのに、そこにいない。だから、ラストのオチは(正直言うと)いらない。彼は最後まで彼女のままでいい。ずっとOLとしてあの銀行で働いていていいのだ。1年間のお話は、一生涯のお話でもいい。まぁ、死ぬまでOLをしているわけでないだろうから、こんなふうにして暮らしている時間は一生ではないだろうけど、この変わらない日常はずっと続く。しばらくの間は。


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