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映画・演劇のレビュー

『ブレス』

2008-06-18 23:24:55 | 映画
 『うつせみ』『サマリア』を頂点にして、キム・ギドクは緩やかなパワー・ダウンを続けている。誰だってずっと凄い映画を作り続けることは出来ない。そんなことはわかっている。しかし、もっと、もっと、と願うのもファンの正直な気持ちだ。あの『うつせみ』は奇跡の映画だとは思いたくはない。彼ならもっと凄い風景を見せてくれる。ホウ・シャオシェンが『恋恋風塵』を超えることが出来なかったように。チェン・カイコーがデビュー作である『黄色い大地』を超えることが出来ないように。でも、キム・ギドクは違うと。そんな淡い期待を胸に新作を追う。

 今回の『ブレス』は『うつせみ』のような幻想的なお話だけれども、『リアル・フィクション』並の雑さが見える。思いつきの域を超えないから、いくら雰囲気があろうとも、こちらの胸を締め付けるような映画にはならない。

 妻子を殺した男。死刑囚となった彼が見た幻。そこで閉じてくれたならいいが、そんな心地よさはない。TVのニュースで彼を見て、それから彼の許に通ってくることになる主婦。昔の恋人だと偽って会う。5度にわたる面談(と、言っても彼は喉を掻き切っているから、しゃべれない。)の中で、2人の愛が深まっていく過程を直接的な描写で見せていく。そのタッチは一歩間違えばお笑いにしかならない。なんとか踏みとどまっているが、その危うさをこの映画の見事さ、と持ち上げる気にはならない。稚拙だ。

 死刑執行までの短い時間の中で、女は彼に春から冬までの四季を体験させようとする。面接室に壁一面の写真を張り巡らせる。厳寒の季節に四季折々の装いで彼の許を訪れる。(家からその格好でやってくるから、すれ違う人から奇異の目を向けられる)最後に現実の時間に重なったとき、彼女と彼との密会は終わりを告げる。

 部屋中を季節の彩りを伝えるポスターで囲んで、あやしげな歌によって季節を演出する。調子外れの歌は滑稽だが、そのチグハグさが彼の心を捉えていく。女は確実に男の心の中に入り込み、死を待つだけの男を魅了していく。しかし、現実と幻想が一緒になった時、刑務所の面接室の中で体を重ね合わせる中、男はこの時間が終わりを告げていくことを確信する。

 同室の3人の囚人たちもまた、幻想でしかないし、この刑務所の中でのすべてが現実とは思えない。それをこの映画の不備だ、と否定的に捉える気はない。だが、もれを持ち上げる気にもならない。ここには幻想の論理がない。これでは、ただの、単なる思いつきでしかない。

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