終戦後の混乱期、祖父が子供の頃、飢えていた彼にひとりの男が食事を与えてくれた。「こんどはお前が腹を空かした子供に飯を食わせてやれよ」と言われる。そこからお話は始まる。現在と過去、ふたつの時間を行き来して、祖父と孫である青年とのお話が綴られる。
「なぜ、人は広げようとするのか。」冒頭の一文だ。与えられたものを最大限に生かして、ささやかな幸福を感じながら生きていく。それは彼の願いだ。そんな考えを持つ彼が、男尊女卑で偏屈な老人である祖父と同居することになる。祖父の抱えてきた想いと、その孫である青年の心情。そのふたつが描かれていく。
一人暮らしの祖父のもとにやってきて同居することになった25歳。祖父はカレー命で生涯を過ごしてきた。レトルトカレーの販売を仕事にしてきた。定年まで勤めあげて、今もまだレトルトカレーを大事にしている。最後には祖父のこだわりの正体が描かれるが、大事なことはそこではない。
祖父が死んでしまう前にしたかったこと。孫である青年は祖父から何を受け継いだのか。女人家族の唯一の男である彼は、もうひとりの男である祖父の秘密を知り、だからと言って祖父を認めるわけではない。死ぬまで、いや、死んでも人は変わらない。祖父の頑固さ、頑なさは大概だ。みんなが毛嫌いするのはわかる。家を出ていった彼の妻(青年にとっては祖母)、3人の娘たち、そして3人の孫たち。彼のもといる(いた)女たちは、老齢の彼を心配するけど、面倒を見る気にはなれないし、彼もそんな女たちを受け入れない。だから唯一の男である孫である彼を頼る。というか、本人は、自分がナヨナヨした彼を鍛えあげる、とかいうのだ。余計なお世話だ。
人と人とはわかり合えないでもいい。信じた道を行けばいいから。頑固で自分を曲げない。昔ながらの老人。カレー一筋。でも、レトルト。優しい青年である孫は、そんな祖父を受け入れていく。まるで性格の違う二人が同居して過ごす時間。でも、よくあるような、気づけば心通わせあうようになっていた、とかいうパターンにはならない。でも、なんとなく気持ちのいい風が吹いていた、というようなこれはそんな小説だ。この曖昧なままの淡さがいい、かもしれないけど、なんだかもどかしい。