結末が安易だし、ストーリー自体も中途半端。北村想とは思えないくらいに杜撰な台本なのだが、この単純さは、このお話自体を寓話として読ませるための仕掛けなのかもしれない。メッセージはストレートで、それを素直に受け止めるといい。劇団息吹はこの台本をとても丁寧に描くことで作者の意図通りの作品に仕立てた。
核シェルターなんて、いらない。ただそれだけのお話だ。この全く意味のないもののために、翻弄される4人の家族を描くコメディ-作品。シェルターの中で大騒ぎするバカバカしいお話をシニカルに描くのだが、息吹はそこを直球で描く。家族の結束が深まる、なんていう展開すら匂わせる。芝居の終盤、台風の思い出を語るシーンがなかなか感動的なのだ。とんでもない事態に巻き込まれているのに、そこを置いといて家族団らんを展開するというその安易な展開が、シニカルに、ではなく、しみじみとしたタッチになるのが、なんともおかしい。
台本の意図とは違い、そこで感動的にすらなる、のが息吹らしくていいと思うのだ。シェルターの中に閉じ込められたのになんだかのんびりしていて、その上、家族の関係は今までになく密になり、普段はしない会話が始まる。なんとも言いがたい展開が楽しい。
自宅の庭に置かれたシェルターの中で3日間過ごすという人体実験なのに、なんだか穏やかでほのぼのとした芝居で、その日の朝から夕方までのお話というのも可笑しい。事故が起きて外部との連絡が取れなくなるという重大な事態に挑む家族、という図式からはほど遠いなんとものんびりした芝居で、そこに作り手の意図があるのだろう。想さんの意図と演出の坂手さんの意図が同じとは思えないのだが、そのへんは如何に?