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映画・演劇のレビュー

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

2012-02-24 23:32:31 | 映画
 このタイトルが凄い。なかなかここまで大胆なタイトルはつけれない。これってなんなんだ、と思わせる。正直言うと、よくわからない。だが、なんとなく納得する。これはそんな不思議なタイトルだ。映画を見終えてもこの長いタイトルの意味はやっぱりよくわからないままだ。だが、違和感はない。

 スティーブン・ダルトリー監督作品。トム・ハンクスとサンドラ・ブロックが夫婦を演じるのだが、あくまでも二人は脇役でしかない。これは主人公である少年のドラマ。9・11で父親を失くした少年が、その痛みと向き合う姿を描く傷ましいドラマなのだが、ここには想像もしないようなドラマが用意されてある。あれよあれよと思う間に話は加速し、思いがけない展開をしていく。

 映画ならではの発想の仕方で、どんどんお話に引き込まれていく。もちろんここまで「作られたお話」では、リアルとは言えない。だが、映画は(そして小説だって)あくまでも「お話」なのだ。ストーリーテリングの上手さで、ひきつけられていい。気持ちよく乗せられて、感動出来たならそれが一番ではないか。

 大好きな父親との時間がとても丁寧にテンポよく描かれる導入部分から、一気にお話の中に引き込まれる。そして、事件である。9・11のシーンがすごい。直接見せるのではない。事件の日、学校が休校になり、家に戻される少年の目線から描く。自宅に帰ると、留守電が何件も入っている。父親かだ。だが、そこに不穏なものを感じる。母親はいない。彼は父親からの電話を取れない。そんなふうにしてあの日のエピソードが描かれる。

 お話はここまでが導入。1年後、父親の部屋で、彼が偶然見つけた鍵を持って、その鍵が開けらけれる場所(!)を捜す旅に出る。本題はここからだ。鍵を入れていた袋に書かれていた「ブラック」という言葉を、人の名前だと理解し、ニューヨーク中のブラックさんのところへ会いに行く。そのことによって出会った様々な人々との交流が描かれる。更には、途中からおばあちゃんのところの間借り人の老人と共に、ブラックさん探しをする。彼は言葉が話せない。でも、彼といると、心落ち着く。老人は父親と似ている。やがて気付く。彼は自分の父親の父親(おじいちゃん!)ではないか、と。

 主人公である少年、オスカーを演じたトーマス・ホーンがすばらしい。この映画は、ほぼ彼の一人芝居である。あるいは、彼が誰かと向き合うという二人芝居。上手く彼がその場の空気を作り上げる。大人に導かれていくこのではなく、彼が大人をリードする。上手い子役ではない。ひとりのアクターとしてこの映画を支えるのだ。この虚構のお話をリアルなものとするのは、そんな彼の演技力である。

 これはお涙頂戴ものではない。子役で泣かせるという従来のパターンから遠く離れて、こんなにも心地よくドラマの中に引きずり込まれたのは、ひとえに彼の力だ。彼はこの理不尽な父親の死、というどうしようもない出来事を受け入れられない。孤独な想いを抱えながら、誰にも何にも言わないで、ひとり生きていく。母親に対して冷たく当たるのも、母親の気持ちがわかっていて、それでも、そうしなくては抑えられない衝動があるからだ。そんな複雑でナイーブな感情を見事に表現する。ニューヨーク中のブラックさんたちとの交流を通して、彼が到達する地点を共有するために、ぜひ、劇場に足を運んでもらいたい。傑作である。

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