劇場に入ってまず、驚く。「なんなんだ、これは!」と。こんな使い方をしたウイングフィールドは初めてだ。この劇場空間全体(通常の舞台部分も客席部分も含む)がこの芝居の舞台となっている雑貨屋になってしまっている。そこにはところ狭しと雑多な商品が並ぶ。だから劇場にではなく、お店に来た気分にさせられる。そんな中にたくさんのお客さんが埋もれている。というか、密かに座ってる。あれは観客だ。最後に入った僕は入り口近くの席に座ることになる。そしてしばらくしたらいきなり芝居は始まる。
役者はこの店の店員たち。彼らの店でのやりとりが描かれていく。何も話らしい話はない。とりあえず芝居は新人店員(吉村篤生)を中心に進行していく。後半になると、店での他の店員とのやりとりと、彼の自宅での姿が交互に描かれる。手違いで誤配された商品。それを仕方なく店内に配置してポップを付けて売りたい。売り出す。まさか野菜まで。なぜ誤配が生じたのか。
さまざまな雑貨、こだわりの本がところ狭しと雑然と並ぶ。そんな店内をスタッフたちは行き来する。役者はときには観客の交じり、エプロンを外して芝居を見る(こともある)。あるアイドルの来店、サイン会が行われることになる。彼女は発達障害で、最近自分の障害をカミングアウトして話題になった。新人店員は彼女に興味を持つ。ここからはお話の核心部分になるのだが、彼女は芝居には登場しない。これは彼女がやってくるその日までのお話。誤配でやってくる配送品とやがてくる発達障害の彼女。何かを待つこと。
それにしても大胆な劇場仕様だ。この作り方では観客は1回上演で30人が限界だろう。結構ロングランだから大丈夫だとたかを括って予約もなく見に行ったから、危なかった。見ることもかなわずすごすご変えることになったかもしれない。こんなにも刺激的な芝居を見逃すところだった。見させてもらえてラッキーだったし、ほんとうによかった。この不思議な世界に遭遇できてうれしい。これはウイングフィールドか新しく挑む「ウイングレジデンスプログラム」の第1作。優れた劇団の活動を支援して通常より長く公演期間を設定する試み。今回は木曜スタート5日間で月曜までという上演。ほんの少しの「特別」が大事な一歩になりそうだ。
作品自体は決して難しい芝居というわけではない。観念的でもない。だから今までのうさぎの喘ギとはいささかタッチも違う。だけど、そこにある不安と孤独は変わらない。吉村篤生の表情がいい。戸惑いを薄い笑いでごまかす。終盤のストレートに兄と向き合う妹とのやりとりからいきなりのラストまでは一気だ。ここで芝居は終わるけど、ここから(たぶん)「何か」が始まる。そんなワクワクを期待されてくれるラストは素敵だ。いつだって、はじまれる。その準備はできている。