習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『ダブリンの時計職人』

2015-12-17 19:11:20 | 映画

このさみしい映画を見ながら、なぜか、心がどんどん澄んでいく。生きていく足場を失い、ホームレスとして海岸の駐車場で暮らす男。車だけしかない。ロンドンからダブリンに戻って来たが、仕事はない。家族もいない。住む家もない。失業保険の給付もできない。住む家がないかららしい。

たまたま同じように車で暮らす青年と親しくなる。彼もまた、行き場がない。同じ駐車場で暮らす。ドラッグ中毒で、ヤクザから多額の借金をしている。そんなふたりの毎日を描く。

ほとんどセリフはない。圧倒的な風景の中で、彼らの同じように繰り返される逃げ場のない、新しい展開もない、単調な毎日が続く。困窮し、やがて死んでいくしかないはず。だけど、彼らは1日1日をただただ繰り返す。ストーリーらしいストーリーなんかない。プールで出逢った女性と心を通い合わせるけど、自分がホームレスであることは言えない。嘘をつくのではないけど、後ろめたい。少しずつ自体は好転するならいいのだが、そんなわけはない。泥沼だ。なのに、彼はそんな毎日を、うつむくことなく、生きる。希望はない。なのに、あきらめない。

そんな彼と寄り添ううちに、なんだか、彼が愛おしくなる。彼だけではない。多かれ少なかれ、誰もがこんな困難を抱えて生きている。未来なんか誰にも見えない。今は仕事があるし、家族もある。住む家もある。でも、彼と僕たちはまったく別、とは思えないのだ。みんな同じように不安と孤独の中で生きていることに変わりはない。可哀そうな人、という自分とは別世界の人として、彼を見ることはない。

まるで我がことのように、彼に姿を追う。どこにも辿りつかないドラマを静かに追いかける。ラストの平安を見て、よかったね、とは思わない。でも、なんだかほっとする。なぜ、そうなったか、とかは描かれない。ラストは彼の自殺で終わるほうが、わかりやすいほどだ。だが、そうはならない。だからと言ってハッピーエンドであろうはすもない。ただ94分間の「心の旅」が終わったな、と思う。

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