これは探偵小説である。だけど吉田篤弘だから普通の探偵小説にはならないだろう。というか、普通の探偵小説って何?
さて、これもいつものように吉田ワールドの世界(いにしえの街)から始まる。そこには街の中心に塔がある。今はもうその中には入れない。(だけど探偵は入って、さらにそこが二重構造になっていることを発見する。秘密の階段を登ると展望台に至る。えっ? それだけ、ですか)
そして、探偵は疲れている。事件はもういい。名探偵の称号もいらない。犯人探しではなく、事件が起こる前に未然に事件の謎解きをして、解決したいと彼は願う。これはそんな「前代未聞の探偵小説」である。
事件は次から次へと起きる。それを事件になる前に食い止める。こんな探偵小説はない。だから結果的に事件にはならないから世の中は平和。ただ連続殺人事件は続いている。自殺かもしれないから殺人事件とは言えない。短編連作スタイルの長編小説。探偵とその助手の女の子。事件を解決するというよりなんとなくそこにいて、なんとなく終わったって感じ。
これはやはりいつもの吉田篤弘の世界である。そこには何もない。空っぽ。だけど僕たちはその「ないこと」を楽しんでいる。いつものようにその世界で心地よく彷徨う。心地よい疲労が残る。