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映画・演劇のレビュー

安壇 美緒『天龍院亜希子の日記』

2018-07-05 19:51:24 | その他

 この小説の面白さは何なんだろうか。笑えるとかいうのではない。悲惨な話で、ここには何一つ未来はない。だけど、それだからこそ、愛おしい。ブラック企業で派遣の斡旋をしていて、毎日サービス残業ばかりさせられて、もうこんな仕事やめたい、と毎日思う。でも、辞めたからといって何の当てもない。待っているのは失業の日々だけ。27歳で若いし、希望に満ちていてもいいはずなのに。

 

タイトルにある天龍院亜希子は主人公の小学校時代の同級生でもう今では消息も知らない。彼女のブログを偶然見つける。それを読む。つまらない日常のスケッチでそこからは何も始まらないのだけど、そのどうでもいい文章に何かを感じてしまう。今ではただの他人でしかない同級生。というか、子どもの頃だって特別に親しくしていたわけではない。虐めていたくらいだし。だけど、そんなまるで関わりのないはずの20年近くも会わなかった女が、なぜか気になる。もう一つのエピソードは、昔応援していた野球選手がドラックで叩かれ引退に追い込まれる、というニュース。こちらだってただの芸能ネタで自分とはまるで関係ない世界の話だ。だけど、気になる。

 

主人公の男は、今では遠距離恋愛(にすらならない)の恋人と、もう別れるはずだったのに、彼女の父親のお見舞いに行くことになり、やがては、結婚することになる、という思いもしない展開を、何となく受け入れることになる。瓢箪から駒、とか、そういうんじゃない。諦めでしかないのかもしれないけど、結婚に向けて進んでいくことで、なぜだけ少し元気になる。もちろん喜びなんかじゃない。だが、前より前向きな気分になっていることは確かだ。このなんだか、よくわからない気分は何だろうか。希望なんかない。結婚に向けて突き進んでいるのだけど、そこには何一つ幸せに繋がるものはない。でも、彼は結婚する。仕事は明日にでも辞めることになるかもしれないけど。

 

そんな先の見えない未来に向けて、突き進んでいく彼を応援したくなる。人生なんてそんなもの、なんていうシニカルな気分ではない。何一ついいことなんかないけど、今日も生きていくし、明日もたぶん生きている。もしかしたら、そのうちなにかいいことでもあるといいな、それくらいのこと。なんだ、その消極的な気分は。でも、そこになんだか大切なものがあるような、ないような。

 


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