1.飯田線-現状と4つの歴史
飯田線は東海道本線豊橋と中央本線辰野の間を結ぶ、
地方交通線で、全区間がJR東海に所属している。
線路距離は195.7kmで、愛知県、静岡県、長野県の3県に跨がる。
豊橋から豊川間は複線だが、その先は単線となっている。
豊橋から小坂井駅手前の信号場まではJR東海が下り線、
名鉄が上り線を所有しており、
両社が共用することで複線として使用している。
飯田線はには豊川鉄道、鳳来寺鉄道、三信鉄道、伊那電気鉄道、
4つの鉄道会社が開業させた区間を、
国有化して一つの路線としたものである。
豊橋から大海までは豊川鉄道が開業させた。
1987年7月15日に豊橋から豊川までが開業され、
1900年9月23日に大海まで延伸した。
1925年には電化され、
1926年4月1日より愛知電気鉄道(現・名古屋鉄道)が、
小坂井から豊川まで乗り入れを開始した。
大海から三河川合までは、
1923年2月1日に鳳来寺鉄道が開業させた。
この区間も1925年7月に電化された。
三河川合から天竜峡までは、
1927年に設立された三信鉄道によって開業された。
地層のもろさや天竜川渓谷沿いという建設地であるために工事は困難を極め、
朝鮮半島からの労働者の過酷な労働条件や賃金未払いなど、
多くの問題をはらんだ中での工事だった。
三信鉄道は最初から電化開業させていた。
1932年10月30日に天竜峡から門島までが開業、
1933年12月21日には三河川合から三輪村からが開業した。
その後延伸をくり返し、1937年8月20日には、
最後まで残った小和田から大嵐までの区間が開業して全通した。
天竜峡から辰野までは伊那電気鉄道が開業させた。
設立当初は伊那電車軌道と名乗っていた。
1909年12月28日に辰野(後の西野、現廃止)から、
松島(現・伊那松島)までが軌道法によって開業した。
この区間は一部に供用区間も存在した。
この先は地方鉄道法による鉄道線として延伸開業していき、
1927年12月26日に天竜峡までの延伸が完成し、
辰野から天竜峡までが全通した。
国有鉄道の辰野まで乗り入れたことで、
伊那電気軌道辰野駅は西野に駅名を変更、
この駅は後に廃止された。
1919年には社名を伊那電気鉄道に変更し、
1923年3月16日には辰野から伊那松島間を経路変更し、
軌道法から鉄道法に変更した。
戦時中の1943年8月1日に伊那電気鉄道、三信鉄道、鳳来寺鉄道、豊川鉄道は、
鉄道路線が買収され国有化し、全線を飯田線とした。
1955年4月には佐久間ダム建設のため、
佐久間から大嵐の区間がルート変更された。