18.飯田駅と飯田の昼食-予定変更の逆走
JR飯田駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の地上ホームを有する飯田線の駅である。
駅舎に隣接した単式ホームは1番線に付番、主に上り線が使用、
島式ホームは2番線、3番線に付番され、
駅舎隣接の単式ホームとは跨線橋で結ばれている。
2番線は主に下り線が使用する。
飯田始発の特急「伊那路」は1番線を使用する。
発車番線は固定ではなく、列車によっては発車番線が変わることがある。
駅舎はリンゴをイメージしたデザインになっている。
飯田線のうち、天竜峡から辰野の区間は伊那電気鉄道が開業させた。
設立当初は伊那電車軌道と名乗っていた。
1909年12月28日に辰野から松島ま区間が軌道法によって開業した。
この辰野は西町に変更され、後に廃駅となった伊那電車軌道の辰野駅である。
この区間は一部に供用区間も存在した。
この先は地方鉄道法による鉄道線として延伸開業していった。
1911年2月22日に松島から木下の区間が開業、
同年11月3日に御園まで延伸、
1912年1月4日に伊那北まで延伸、同年5月11日に伊那町まで延伸、
1913年12月27日には宮田まで延伸、
1914年10月31日には赤穂まで延伸、同年12月26日に伊那福岡まで延伸、
1915年7月24日に伊那福岡終点仮停留場(現・廃止)まで延伸、
1918年2月11日に飯島まで延伸、同年7月23日には七久保まで延伸、
同年12月12日に高遠原まで延伸、
1920年11月22日に上片桐まで延伸、
1922年7月13日に伊那大島まで延伸、
1923年1月15日に山吹まで延伸、同年3月13日に市田まで延伸、
同年3月18日には元善光寺まで延伸、同年8月3日には飯田まで延伸し、
飯田は終着駅として開業した。
その後も延伸され、1926年12月27日には伊那八幡まで延伸、
1927年2月5日には毛賀終点仮停留場(現・廃止)までが延伸、
同年4月8日には駄科まで延伸、同年12月26日には天竜峡まで延伸、
辰野から天竜川の区間が全通した。
駅舎取材をして予定していた「新京亭」に行く。
事前に地図をプリントしていたが、
道が想像よりも細かったため、通り過ぎてしまい、
しばらく行ってから曲がり損なったことに気付き、
駅方面に戻って漸くたどり着いた。
ここで五目そば850円を喰う。
飯田での乗り換え時間は1時間18分で時間を持て余してしまう。
駅に戻ってみると、14:07岡谷行きが1番線に停まっていた。
時計を見ると午後2時6分で、発車寸前であった。
一瞬躊躇したが、それでもこの列車に飛び乗った。
飯田では14:41着14:44発の天竜峡行に乗る予定になっている。
少し手前の駅でこれに乗れば、その駅で駅取材が出来る。
そう思ってこれに飛び乗ってしまった。