通学道中膝栗毛・50
『船の名前は?』
モナミお嬢様は勘が良すぎます。
ちょっと困った笑顔でアケミさんは言う。
駅のホームで彼方の二本マスト、そのデッキの上で立ち働いている宝塚の男役みたいな人と目が合ったらアケミさん。
すぐにラインが飛んできて、ちょっと前に船に着いた。
残っていたチェックをテキパキ済ませ、アケミさんはキャビンに誘ってくれ、デッキへのタラップ下りながらの一言。
「わたしが、栞さまにお願いしたようなことはお気づきのご様子でした。あの晩、お屋敷に帰るや否や『太平丸でプチツーリングするわよ!』とおっしゃいました」
「まあ、それで、この船……」
「旦那様の船ですが、しばらく使っておりませんでしたので、点検と整備をいたしました」
「いたしました……てことは、点検整備を完了したということですか?」
「はい、あとは注文した資材や食料がくれば完了です。ところで栞さまの学校は?」
「え、あ、それがね……」
電車のドアにスカートを挟まれたことや、居ねむってしまい七つ目の駅で降りることも出来ずに終点近くの駅まで来てしまったことなど説明すると、アケミさんはコロコロと笑った。
「搬入の車が来たら、折り返して帰りますが、ご一緒に乗って行かれますか?」
「わたし、通学途中なんで、駅に戻ります」
「あら、ご存じなかった?」
アケミさんがウィンクするとキャビンのモニターがオンになってネットニュースの画面が出てきた。
画面には乗って来たT線がコンピュータートラブルで不通になっていることを告げていた。復旧するのは三時間ほどかかりそうで、振り替え輸送のバスなどは手当されないと、鉄道会社の広報係さんが説明しているところだった。
「これじゃ、学校に着いたら終わってますね……」
不可抗力ではあるんだけど、わたしは学校を休まざるを得なかった。
「じゃ、車がくるまで船の中を案内しましょうか。あした乗船していただいたときの手間が省けます」
「はい、お願いします!」
こんなプレジャーボートなんて乗ったことが無いので、よろこんで案内してもらうことにした。
駅のホームから見た時も大きな船だと思ったんだけど、案内してもらうと想像以上だった。
周りの船とくらべても二回りは大きな船なんだけど、内部は二層、デッキの上まで数えると四層になっていて、もうちょっとしたプチホテルって感じだ。
「個室が六つに三人部屋が二つ、どこを使うかはお嬢様と相談なさってください……こちらがダイニングで二十人まで食事ができます、浴室はありませんがシャワールームが……」
とにかく至れり尽くせりの船で、どこを見せられても驚いたりため息が出たり。デッキに戻った時は、とっくに迎えの車が来ていた。
「ところで、船の名前はなんていうんですか?」
「はい……」
瞬間息を呑み込んでアケミさんが告げた名前は――プリンセス モナミ――であった。