大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・50『船の名前は?』

2018-05-02 13:40:30 | 小説3

通学道中膝栗毛・50

『船の名前は?

 

 

 モナミお嬢様は勘が良すぎます。

 

 ちょっと困った笑顔でアケミさんは言う。

 駅のホームで彼方の二本マスト、そのデッキの上で立ち働いている宝塚の男役みたいな人と目が合ったらアケミさん。

 すぐにラインが飛んできて、ちょっと前に船に着いた。

 残っていたチェックをテキパキ済ませ、アケミさんはキャビンに誘ってくれ、デッキへのタラップ下りながらの一言。

 

「わたしが、栞さまにお願いしたようなことはお気づきのご様子でした。あの晩、お屋敷に帰るや否や『太平丸でプチツーリングするわよ!』とおっしゃいました」

「まあ、それで、この船……」

「旦那様の船ですが、しばらく使っておりませんでしたので、点検と整備をいたしました」

「いたしました……てことは、点検整備を完了したということですか?」

「はい、あとは注文した資材や食料がくれば完了です。ところで栞さまの学校は?」

「え、あ、それがね……」

 電車のドアにスカートを挟まれたことや、居ねむってしまい七つ目の駅で降りることも出来ずに終点近くの駅まで来てしまったことなど説明すると、アケミさんはコロコロと笑った。

「搬入の車が来たら、折り返して帰りますが、ご一緒に乗って行かれますか?」

「わたし、通学途中なんで、駅に戻ります」

「あら、ご存じなかった?」

 アケミさんがウィンクするとキャビンのモニターがオンになってネットニュースの画面が出てきた。

 

 画面には乗って来たT線がコンピュータートラブルで不通になっていることを告げていた。復旧するのは三時間ほどかかりそうで、振り替え輸送のバスなどは手当されないと、鉄道会社の広報係さんが説明しているところだった。

 

「これじゃ、学校に着いたら終わってますね……」

 不可抗力ではあるんだけど、わたしは学校を休まざるを得なかった。

「じゃ、車がくるまで船の中を案内しましょうか。あした乗船していただいたときの手間が省けます」

「はい、お願いします!」

 こんなプレジャーボートなんて乗ったことが無いので、よろこんで案内してもらうことにした。

 

 駅のホームから見た時も大きな船だと思ったんだけど、案内してもらうと想像以上だった。

 周りの船とくらべても二回りは大きな船なんだけど、内部は二層、デッキの上まで数えると四層になっていて、もうちょっとしたプチホテルって感じだ。

「個室が六つに三人部屋が二つ、どこを使うかはお嬢様と相談なさってください……こちらがダイニングで二十人まで食事ができます、浴室はありませんがシャワールームが……」

 とにかく至れり尽くせりの船で、どこを見せられても驚いたりため息が出たり。デッキに戻った時は、とっくに迎えの車が来ていた。

「ところで、船の名前はなんていうんですか?」

「はい……」

 瞬間息を呑み込んでアケミさんが告げた名前は――プリンセス モナミ――であった。

 

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高校ライトノベル・JUN STORIES・2《順とは、大人しい……だけじゃない》

2018-05-02 06:54:28 | ノベル

JUN STORIES・2
《順とは、大人しい……だけじゃない》



 この言葉を言うのに半年かかった。

 正確には、言おうとして息を吸い込んだところまでだった。
「花野、話があるんだけど」
 健太が割り込んできた。

 水野健太は花野優衣がマネージャーをやっている野球部の元エース。先月の試合で引退している。

「なんですか、水野さん?」
「ちょっと、いいかな」
 そう言った時には、優衣を中庭西のベンチから、東の方のベンチに歩き出していた。クラブでのマネージャーとエースの呼吸がまだ抜け切れていないのだろう。マネージャーは、呼ばれたらすぐに反応する……基本だもんな。

「えー!」

 という声がして、優衣は少しモジモジしたあと、健太がさらに一押し。優衣は顔を赤くしてコックリ頷いた。
 もうこれだけで分かる。いま健太はコクったんだ。で、優衣が好意的に驚いた。そして、さらなる一言で優衣は健太の手に落ちた。
 オレは、健太が言おうとしていたことを、半年かけて、やっと決心したんだ。今度、優衣が一人で居るところを見つけたらコクろうって。
 でも、もうやめた。健太は学年は一個上だけど、近所の幼馴染。オレみたく、家に籠ってイラストばっか描いてるオタクじゃない。スポーツ万能で、人あしらいも上手く、子供のころから一目置かれていた。野球部のエースで成績もルックスもいい。
 なによりも優衣が、とても幸せそうに頬を染めている。もう、オレの出番じゃない。

 オレは、女の子を好きになるということは、その子の幸せを祈ることだと思っている。と、言えばカッコいいけど、負け犬の言い訳のようにも感じる。
 オレの名前は順だ。大人しいとか、人に従順だという意味がある。親父も祖父ちゃんもゴンタクレだったので、その血を引かないように順とつけたらしい。その要望通り、オレは順な高校生になった。人より前に出るということがない。命に関わるような選択に迫られたことはないけど、そういう状況に陥っても、オレは、人に譲ってしまいそうな気がしている。

 オレは、高校に入った時、本格的に絵の勉強がしたくて美術部を志願した。美術部の顧問は有名なアーティストで、教えるということで、自分の中の創造性を高めようと、美術の講師をやっている。本格的な絵の勉強をするためには、この美術部に入るのが一番だった。だけど、この先生は学年で5人までしか入部させない。指導が行き届かないからだ。
「欠員ができたら、知らせるから」
 同時に入部希望を出した女子に譲ってしまった。で、絵に関しては二線級と言われる漫研で、なんとかやっている。

 オレは、失恋もイラストのアイデアだと思い、美優とのことをシュチュエーションを変えてコンクールに出し、個人の部で優秀賞(二等賞)をとった。
「よく、こんなアイデア浮かびましたね!?」
 地元紙の記者に聞かれた時も、こう答えた。
「こんなの、学校に居たら日常茶飯ですからね。友達のそういうの見てモチーフにしました」
「いやあ、なかなかの観察力だ!」
 審査にあたったプロのイラストレーターの先生も誉めてくれた。

 オレは、帰り道は電車に乗らないで、街を流れる川の堤防を歩いて帰った。晴れがましい気持ちよりも、ネタにした優衣にバレないかと気遣いながら、苦い気持ちを持て余しながら歩いていた。
 川面は空と同じ鈍色で、秋も終わりを感じさせる。

 ふと前方に人の気配を感じると。100メートルほど先に優衣が自転車を押しながら、こちらにやってくる。

 心臓が止まりそうになった。
「ネットのライブで見てたよ」
 優衣が眩しそうに言った。
「男と女を変えてたけど、あれ、順自身のことでしょ?」
「え、あ、そんなことは……」
「あるって顔に書いてある。あ、言っとくけど、今眩しいのは夕陽の方向いてるからね。だから……」
 それから、二人そろって東に向かって歩いた。優衣は涙をぬぐった。
「まだ、眩しいか?」
「ばか……」
「ごめん」
「ごめんて言うな!……あの中庭の時、順がなに言うか分かってた。だから水野さんにコクられたときは、逆に嬉しそうにしたんだよ。順は、きっと、それを乗り越えてコクってくれると思った……だのに、だのに、順たら勝手に悲劇のヒーローなんかになっちゃって。ずるいよ」
「ありがと……来年は、あれにどんでん返しの結末書くよ」
「リアルは、いま書き直して!」
「あ、描くものもってないし……」
「ああ、もう、ほんとバカ。とりあえず順が運転して、あたしを家まで連れて帰って」
「う、うん」

 優衣の温もりを背中に感じながら、一時間近く街の中を走った。あとで検索したら、優衣は、ものすごく遠回りして道を教えていたことが分かった。真っ直ぐ行けば5分足らずの道だった。

 順、少し良い名前に思えた。別れ際に優衣もそう言ったんだから。

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