ライトノベルベスト
『ああ、花の五重マル』
夏休みの宿題が返ってきた。五重マル。これはいい。でも赤ペンの評でガックリきた……。
戦争について調べ八百字程度で、作文を書きなさい。これが宿題のタイトル。
戦争、それも夏というと、太平洋戦争の終戦、原爆……ぐらいしか、思い浮かばなかった。
お父さんもお母さんも、昭和四十年代生まれなんで太平洋戦争のことは知らない。
お爺ちゃん、お婆ちゃんも昭和二十年代生まれなんで、せいぜい、三丁目の夕日だ。
一日延ばしにしているうちに、お盆になった。お盆に施設に入っている大爺ちゃんの、お見舞いに行った。
「太平洋戦争……ああ、大東亜戦争やな」
「ダイトウワセンソー?」
「ダイトウアセンソウや」
「大爺ちゃんは、戦争いってたの?」
「いきそこないや。飛行時間二十時間で終戦や。あと十時間も乗ってたら特攻にいってたやろな」
「特攻……?」
大爺ちゃんは、頭はしっかりしてるけど、体力がない。酸素吸入をしながらの話は、それでおしまいだった。
ただ、あたしに何かを伝えようとして、目の前で、しばらく両手を動かしていた。意味は分からない。
マユは、パソコンで『戦争に関する感想文』というのをマルマルコピーして、ちょこっと言葉を変えるだけで出すといってた。
あたしは、ダイトウアセンソウと特攻がキーワードだった。で、そこからアクセスしてみた。
びっくりした。はじめて大爺ちゃんの口から聞いた大東亜戦争が正解だった。太平洋戦争というのは戦後アメリカが強制的に呼ばせた言い方で、日本では、戦争に負けるまで大東亜戦争だった。それに、アメリカと戦争をする何年も前から中国と戦争をしていて、それも含めての言い方だと知った。
特攻は、サイトのどの文章も難しいんで、ユーチュ-ブを見て、そのまま感じたとおり書こうと思った。
日本の飛行機がアメリカの船につっこんで、爆発するのや、飛び交う弾丸の中で空中分解するのや、海につっこむの、なんだか、おちょこでお酒飲み合って、飛行機に乗っていくとこ。なんだか、画質は悪いけど、ゲームのCGの感覚だった。
そんな中、二つのショッキングな特攻の動画を見た。
共通点は、どちらも積んでた爆弾が不発だったこと。でも、結果がまるでちがう。死ぬってとこではおなじなんだけど、違う。そして同じなんだと思った。
一つは、戦艦に見事に体当たり。でも爆弾は不発で、戦艦の甲板で、飛行機はバラバラになり燃え上がった。積んでいた飛行機の燃料に引火したんだ。そして、かたわらには、飛行機から投げ出された、日本のパイロットの亡骸。乗組員は蹴って海に落とそうとするが、艦長が、それを止めた。
「彼は命をかけて、この船につっこんできて、いま神に召されたんだ。見事な軍人だ、礼節をもって弔え」
それで、その戦艦では、アメリカ式に乗組員が並び、弔いのため弔砲(ムツカシイ言葉だけど調べた)を撃ち、シーツに赤丸を描いた日の丸に包まれた遺体を丁重に水葬にし、みんなが敬礼で見送った。
もう一つは、航空母艦に突っこんで不発。飛行機は甲板を滑って海に落ちた。そしてパイロットが生きたまま浮かび上がり、乗組員に手を振って救助を願った。
で、次の瞬間、そのパイロットは、航空母艦の機銃で撃ち殺された……。
ライフジャケットを着ているので、遺体は沈まない。ぐったりのけ反ったまま、自分の周りの海面を真っ赤に染めて、遺体は流れ去って行った。
ショックだった。
同じアメリカ人が、こんなに違うことをすることを。大爺ちゃんが、当時は同じような若者で、一つタイミングが違えば、同じように死んで、今のあたしたちが存在しなかったであろうことが。
落ち着いて、もう一度ずつ見た。両方とも同じだということに気がついた。
方や、騎士道精神に則った美しい行為。方や、復讐心がさせた無防備な者の虐殺。
これは、戦争という異常事態での、異常心理の表と裏だ。わたしは、こんなことが戦場のあちこちで、それぞれの国の中でも、様々な異常心理があったんだろうなと想像した。幼いながら、なにかとんでもないものが背景にあるような気がした。もっと勉強しなければと思った。
先生の評は、こうだった。
この悲劇を起こしたのは、当時の日本です。そこを見据えて、戦争の真実をとらえ、勉強しようという思いは、立派です。がんばろう! 大東亜戦争は間違いです、太平洋戦争。言葉は正しくおぼえよう。
東京オリンピックが終わって一年がたつ。オリンピック景気が去って、少し日本の経済は冷え込んだ、しかし内戦が起こったり、餓死者がでたりということは、笑っちゃうけど、ありません。今期に入った経済の短観でも、失業率も回復の傾向だ。
あたしは、W大学のマスターになり、アメリカの留学生といっしょに、大東亜戦争の経済的背景と民族的問題に頭を捻っている。アメリカ人の相棒の口癖はは、「トルーマンのクソ野郎」である。あたしは、あの夏の日、大爺ちゃんが苦しい息の中、両手で表現しようとした何事かを、時々手だけ真似てみる。分かるのは何十年も先かもしれない。
電子新聞の片隅に『オリンピック不況を招いた政府を糾弾!』という前時代的な集会の記事が出ていた。壇上のオッサンが気になって、指で拡大、九秒の動画にして分かった。
あの、東京オリンピックが決まった秋に、五重マルをくれた中学の先生だった……。
『夏のおわり・3』
さんざん絞られてカスカスのレモンのカケラみたくなって駅への坂道を歩いていた。
と、前から来た車にクラクションを鳴らされた。
「あ……」
運転席でニヤニヤと手を振っているのは、今朝、ホームで「失礼な子ね!」と、あたしを罵倒したニューハーフのコイトだった。あたしは、招き猫に寄せられるように、車のドアに寄った。
「あんた、ほんとは……トイレ……行きたかったったのよね?」
で、気が付いたら、コイトの車に乗って、コイト御用達のファミレスに向かっていた。一応、誤解で怒鳴ったことへのお詫びで、お昼をご馳走になることになってしまった。
途中、交差点なんかで停まると、何人も人が振り返り、シャメまで撮る人が、かなり居た。やっぱ、売れっ子のタレントは違うと思った。
「分かるなあ、夏休みが終わったばかりで、体がついてこないのよね」
「ええ……」
「で、必死で気持ちをそらそうとして、覚えたエクスプレスとかがテストに出たんだ」
「でも、そこだけだったから……」
「で、先生に絞られて、フリーズドライにされたレモンみたいになって歩いてたんだ」
コイトは、実に聞き上手で、これも気づいたら、みんな喋らされた。
「そりゃそうよ、あたしもマスコミでチョイ売れするまでは、お店に出てたんだから、ノセ上手の聞き上手。ね、よかったら、これからラジオの収録やるの。夏、放送局って行ったことないでしょ?」
で、今度は放送局へ行くことになった。
放送局の地下の駐車場で、初めて乗っていた車に気が付いた。
「ゲ、この車って、お尻ないんですね!?」
「やっと気づいた? これ、ホンダN360Zっていってね、通称水中メガネ。40年前の超レアな車よ。お尻がカワイイから、みんな注目してくれるしね」
みんなが注目してくれていたのは、コイトが注目されていたからじゃないんだ。
「失礼ね。五人に一人ぐらいは、あたしに注目してるからよ」
「あ、あたし、何にも言ってませんけど……」
「夏はね、あたしとの相性がいいの。思ってることの半分は、黙ってても分かるわ」
「でも、今朝は誤解でしたけど」
「あれはね、二日酔いで朝帰りだったから。あれから十分寝たから、シャッキリよ。おはようございまーす(受付のおじさんに挨拶)こっちよナッチャン。あ、ちょっと待っててね」
コイトは、先に部屋に入って、エラソーな人とちょっと話してすぐに出てきた。
「おいで、ナッチャン。せっかくだから、ラジオの収録経験しとこ」
「え、あ、うん……失礼しまーす」
エライサン含め、ゴッツイ機械の前に二人のスタッフとおぼしき人がいた。みんなニコニコ迎えてくれて、「よろしくね」なんて言われて、嬉しくなって、そのままゴッツイドアをあけて、八畳ほどの部屋に入った。
コイトと向かい合わせの席に座らされた。目の前にマイクがぶら下げられていて、さらにその前に金魚すくいの親玉を黒くしたようなのがある。
「自分が喋るときは、この電車のアクセルみたいなの前に倒すの。ここ肝心ってか、ここだけ覚えときゃいいから。で、このヘッドホンみたいなのしといてね。挿入曲とか、ブースからの指示とかは、ここからくるから」
「本番、三十秒前です」
ヘッドホンから聞こえてきて、急に緊張してきた。コイトがそっと手を重ねてくる。目が「大丈夫」と言っている……。
「ただいまあ」
いつものように、家に帰ると、お母さんが鬼みたいな顔して、リビングから飛び出してきた。
「夏、なんで、あんたがラジオの生番組出てんのよ!」
「え……?」
奥のソファーでは、お婆ちゃんが、死にそうになって笑っていた……。
高校ライトノベル
『メタモルフォーゼ・7』
これでいいのか?……心の中で声がした。
進二の声だ。でも体が動かない。金縛りというやつだろう。
美優の体になって、まる三日目の夜。なかなか寝付けずにいると、こうなってしまった。
――よくわからない。あたしが、進二の双子のカタワレなのか、受売命(ウズメノミコト)のご意志か、とんでもない突然変異なのか……思い詰めるとパニック……にはならないか。あたしって、なんだか、とても天然なんだ。進二は、いまどこにいるの?――
応えはなかった。
乖離性同一性障害だとしたら、あたしがいるうちは、出てこられない。金縛りとは言え、出てくるようなら、まだ完全には乖離(多重人格)しきっていないということだろう。
よく分からないけど、こうなったのには意味があるような気がする。それが分かって解決するまでは、これでいいじゃん……で、ようやく眠りに落ちた。
翌朝学校へ行くと、なんだか、みんなの様子がおかしい。男子も女子も、なんだか「気の毒そう」と「関わりにならないでおこう」という両方の空気。
「ちょっと、ミユちゃん!」
来たばかりのミキちゃんが、お仲間二人と教室にも入らないで、ささやくようにして、あたしを呼んでいる。
「おはよう、なあに?」
「ちょっとこっち」
人気のない階段の上まで連れて行かれた。
「ちょっと、これ見て」
スマホを動画サイトに合わせて見せてくれた。
「あー、ヤダー!」
そこには『彼女の悲劇』というタイトルで、昨日の体育の授業の終わりにハーパンが脱げたところが、前後一分ほど流れていた。
「これって、セクハラよ!」
「肖像権の侵害!」
「ネット暴力よ!」
もうアクセスが二百件を超えている。さすがの天然ミユの自分も怒りで顔が赤くなる。
一時間目は生指に呼ばれた。むろん被害者として。
「渡辺、心当たりは?」
生指部長の久保田先生が聞いた。
「分かりません」
「渡辺さん、これは犯罪だわ。警察に被害届出そう!」
同席した宇賀先生が真剣に言ってくれた。
「でも、これ撮ったのうちの生徒ですよ。誰だか分かんないけど」
「そんなこといいのよ、毅然と対処しなくっちゃ」
「は、はい……」
「まずは、画像の削除要請。さっき学校からもしたんだけど、確認のため向こうから電話してもらうことになってる。それに本人からの要請も欲しいそうなんだ」
まるで、それを待っていたかのように電話があった。先生とあたしが、説明とお願いをして、削除してもらうことになった。そして警察の依頼があれば投稿者を特定し、法的措置がとられることになった。
あの時間、あのアングルで撮影できるのは、いっしょに体育の授業をやっていた、うちのA組かB組の男子だ。女子より数分早く授業が終わっていたことはみんなが知っている。ポンコツ体育館はドアがきちんと閉まらない。換気のためにあけられたままの窓もある。携帯やスマホで簡単に撮れる。
警察の調べは早かった。
午後には隣町のネットカフェから投稿されたことが分かり、防犯カメラが調べられた。
しかし犯人は、帽子とマスクをしてフリースを着ているので特徴が分からない。昼休みには、所轄の刑事さんが防犯ビデオのコピーを持ってきて、生指の先生やウッスン先生といっしょに見た。
直感で、うちの生徒じゃないと思った。こんなイカツイ奴は、うちにも、隣のB組にもいない。
でも、言うわけにはいかない。あたしは一昨日転校してきたばかりの渡辺美優なんだから。さすがにウッスンも「こういう体格の生徒はうちにはいません。ねえ土居先生」 で、隣の担任も大きく頷いていた。ところが、刑事さんは逆に自信を持ったようだ。
「分かりました、予想はしていました。さっそく手を打ちましょう」
元気に覆面パトで帰っていった。
六限は、半分全校集会になった。
みんな予想していたので、淡々と体育館に集まった。あたしは出なくて良いと言われたけど、どうせあとで注目の的になるのは分かっていた。なんせ、削除されるまでにアクセスは五百を超えていた。集会に出ている生徒の半分は、あの動画を見ている。なんせ、最後は顔がアップになっている。
顔がアップ……あたしはひっかかった。Hなイタズラ目的ならアップにするところが違う。だいいち、あそこでハーパンが落ちたのは事故だ。なにか見落としている……。
クラスのみんなは気を遣ってくれた。ミキちゃんたちは、なにくれと他の話題で気をそらそうとしてくれたし、ウッスンまでも「早退するか?」と言ってくれた。
放課後になると頭が切り替わった。コンクールまで二週間だ。稽古に励まなくっちゃ!
部室に行くと、一年の杉村が、もう来ていた。
「早いね、杉村君!」
「先輩、見てください。一応必要な衣装と小道具揃えておきました」
「え……どうして?」
「昨日台本をダウンロードしたんです!」
「ハハ『ダウンロード』をダウンロードか。座布団二枚!」
「ハハ、どうもです」
「でも、台本はともかく、衣装と小道具は?」
「オヤジ、映画会社に勤めてるんで、部下の人がさっき届けてくれたんです。道具は、一応ラフだけど書いてきました」
それは、もう素人離れしていた。衣装の下のミセパンやタンクトップまで揃っていた。
人間いろいろ(^^♪……むかし死んだ祖父ちゃんが歌っていた歌を思い出した。
つづく