『夏のおわり・1』
「夏のおわりも近いでしょう」 この天気予報の決まり文句にはいつもうんざりしていた。
だって、あたしは吉田夏。
この言葉を聞くと、自分の人生の終わりが来たような気になる。
あたりまえだけど、夏が終わると二学期がやってくる。小学校のころ、このオヤジギャグのような常套句で、あたしをいじろうとしたバカがいた。加藤というオチョケた男子で、つまらないことで、人をイジっては喜んでいた。
雅美って、大人しめの女の子が6年のときいたんだけど、そのこのことを「八重桜」と呼んだときには、あたしも本人も含めてキョトンとしていた。
「わかんねえかなあ、おまえのことだよ長澤まさみ!」
と言われたが、そのとき教室に居た誰もが分からなかったので、加藤はじれてきた。雅美は国語が良くできる子なんで(なんたって、高校三年の時にはラノベの新人賞を獲ったぐらい)どうやら気が付いたよう。
「あ~」と一言言ったところで先生が入ってきた。で、加藤のやつ「八重桜~」と、またやらかした。さすがに雅美はムッとした顔になった。
「加藤、おまえ意味が分かって、長澤に言ってんのか?」
先生に言われて、加藤は真っ赤な顔をして立ちつくした。
「先生、わたしが答えます」
「いいのか?」
「はい。これで加藤君の国語能力が高いことを証明してあげます。本人も、半分、それ狙いでしょうから」
「じゃ、長澤、言ってみろ」
「八重桜というのは、遅咲きで、花が咲くよりも先に葉っぱが出ちゃうんです。で、ハナより前にハが出るってことで、わたしが出っ歯だってことを冷やかしてるんです。たしか遠藤周作のエッセーかなんだかにでてるんだよね。で、それと久本雅美の出っ歯とひっかけたかな。同じ雅美だから」
「そうなのか、加藤!?」
「え、ま……」
涼しい顔で認めたので、先生は、加藤の頭をゴツンとやった。
「イテ!」
ほんとに痛かったようで、加藤は涙目になった。今みたいに「あ、体罰だ!」なんぞは言わない良き時代だったのよね。
「でも、先生。長澤まさみって、東方シンデレラで選ばれたアイドルもいるよ。NHKの大河ドラマにも出てた」
雅美も知っていたんだろう。今度は雅美が、赤い顔をしてうつむいてしまった。ちなみに、雅美は、そのころ歯の矯正をやっていて、中学に入った頃は矯正も終わり、けっこうカワイイ子になった。
その加藤は、三年生の時から同じクラスで、あたしには、最初の頃「夏も終わりだな」と、二学期の最初には決まり文句のように言っていた。
あたしは、一見大人しそうな優等生に見える。でも実は、その逆なのだ。けっして大人しくない劣等生なのだ。
「るせえんだよ、売れない芸人みたく、ずっと同じイヤミなギャグとばすんじゃねえよ!」
と、五年生の二学期に張り倒してやったら、それ以来、あたしには言わなくなった。
でも、
高校三年の二学期には、本当に「夏のおわり」がやってきたんだよね……。
くそ!!
つづく