『フライングゲット』
横丁をまがったところで、足が止まってしまった。
――お母さんになんて言おう……。
言葉は、いろいろ電車の中で考えた。三つほど考えた中でコレってやつも決めた。
でも、横丁をまがって、我が家が見えたところで、そんなものはふっとんでしまった。
――今度は、少し長かったもんな……よし、やっぱ、持つべきモノは友だち。由美に間に入ってもらおう。
そう決心して、携帯を出したところで声をかけられた。
「遅いじゃないのよ、里奈」
「……お母さん」
「うちは母子家庭みたいなもんなんだからさ、母子で協力しなくっちゃ。ほら、これ持って」
お母さんは、お気楽に白菜なんかが入った重いレジ袋を、ドサっと投げるように渡した。
「た……ただいま」
やっと出た一言は、あまりにも日常的だった。お母さんも拍子抜けがするほど日常的にわたしの前を、さっさと歩いていく。
ペスが一瞬「あれ?」って顔をした。
でも、すぐに尻尾がちぎれそうなくらいに振り、わたしに飛びつき、顔をペロペロ舐める。
「だめよね、安売りだと思って白菜丸ごと買ってしまった。しばらく白菜続くけど、レシピ工夫するから。えーと、冷蔵庫の中は……」
「お母さん……」
「え、なに。お土産でも買ってきてくれたの?」
「ううん、そうじゃなくって……」
「なんだ、お土産じゃないんだ……ちょっと外に出たんなら、少しくらい気を遣いなさいよ……とりあえず今夜はキムチ鍋にでもしとくか」
お気楽そうだが、やっぱり皮肉がこもっている……今度は、ちょっと長かったもんな……よし、直球でいこう。
「お母さん、ゴメン! ゴメンナサイ! 申し訳ありませんでした!」
「なによ、あらたまっちゃって」
なんという平静さ……相当怒ってる。あとの揺り返しが怖い。先手を取ろう、先手を。
「修学旅行に行くって言って、そのまま家出しちゃって。反省してます。この通り!」
「……なによ、変なこと言って」
「やっぱさ、こういうことはきちんとケジメつけてからでなきゃって。そう思って」
「トンチンカンなこと言わないでよ。それより、わたし今から自治会の会合だから、お鍋の用意しといてね。ペスにもゴハンあげといてね、キャンキャンうるさいから。あ、マフラーとってくれる。集会所、節電で暖房きかないのよね」
「あ、うん……えと、マフラー……無いよ」
「クロ-ゼットじゃないわよ。リビングのフック。クロ-ゼットいっぱいだって、先週里奈が替えたんじゃないよ」
「え……あ、あった、あった。これ、オマケのカイロ」
「ありがとう、じゃ、あとよろしく」
そう言うと、お母さんは出かけていった。
わたしは、つんのめった気持ちのまま、窓から見えるお母さんの後ろ姿を見送った。
わたしは、四年前、修学旅行を利用して家出をした。
理由はいろいろだけど、直接の原因はクラブのコンクール。
わたしは絶滅危惧種の演劇部だった。二年になって先輩が卒業して、部員は三人に減ってしまった。三人で演れる芝居って、そうそうは無い。
演目に困っていたら、F先輩が「すみれの花さくころ」という本を紹介してくれた。
この芝居、道具がいらないし、照明も大きな変化はない。つまり、その気になれば役者三人で演れないこともない。わたしたちは軽音からあぶれた指原という子に声をかけ、アコステとボ-カルの一部も手伝ってもらって、四人の歌芝居にした。
意外に出来も評判もよく、地区大会で二十年ぶりの最優秀。地区代表の先生も我が事のように喜んでくださった。なんたって中央大会で優勝すれば、地区はシード地区になり、明くる年は代表を二校出せる。
これはイケルと思って中央大会で唯一の既成作品として出場。観客の反応も上々で大ラスでは、満場の大拍手になった。
「これは、地方大会出場間違いなし!」
だれもが、そう思った。しかし、結果は選外だった。
講評で、審査員に言われた言葉……。
「作品に血が通っていない。行動原理、思考回路が高校生のそれとは思えない。世界が主役二人のためにしか存在しないような窮屈さ」
そう、切って捨てられた。
その時は、ただ呆然として何も言えなかった。家に帰ってから怒りがたぎりはじめた。
その審査員は、ネットで審査の内容をブログに書いていた。わたしは署名入りでトラックバックして質問し、二度ほどメールの遣り取りをした。
後日、クリスマスの頃に合評会があった。そこでもらったレジメを見て、わたしの怒りは沸点に達した。
その審査員は、審査の講評内容をガラリと替えていた。ばかりか、こんなことまで書いていた。
「帰りの電車の中で、Y高(わたしたちの学校)にも、なんらかの賞をやるべきだったと、感じた」
クラっと目眩がして、気がついたら、わたしは手を上げて全て喋りまくった。
「審査をやり直してください!」
わたしは、そこまで言ってしまったようだ。
それから、クラブのサイトには、わたしと、わたしのクラブを非難する書き込みで炎上してしまった。どこで調べたのか、会社の仕事で単身赴任してるお父さんのブログにまで書き込みがされるようになった。
この芝居を紹介してくれたF先輩が心配してくれ、わたしはF先輩に急接近していった。
そして、わたしは修学旅行の日、先輩と駆け落ち同然に家出してしまった。三日前に先輩のお父さんがやってきて、二人の逃避行は終わった。
思えば浅はかなことをしたと思った。お母さんの心配と怒りはわたしの想像を超えているようだ。あの平静さはただごとではない。
そんな四年間のあれこれをポワポワと思い出しながら、わたしは、お鍋の用意をしていた。
ややあって、玄関に気配。お母さんが帰ってきた……。
「あ……」
それは、お母さんではなかった。
リビングにコ-トを脱ぎながらやってきたのは、わたし自身であった……。
まるで鏡を見ているような時間が流れた。電話の音で二人のわたしは我に返った。
――寄り合いで、町会長の牧野さんが倒れたの。多分脳内出血……今、救命措置やってるとこ、お母さん救急車に乗って病院まで行ってくるから、夕食は先に食べておいて。
「うん、分かった。お母さんも気をつけて」
お母さんは、娘の声がステレオになっていることにも気づかずに電話を切った。
外は、いつのまにか雪になっていた。
二人のわたしは、鍋をつつきながら少しずつ話した。
もう一人のわたしは、合評会のとき発言はしていなかった。頭に来たところまでは同じなんだけど、もう一人のわたしはF先輩に止められれていた。
「出てしまった審査結果に文句を言っても傷つくのは里奈の方だぜ」
その一言で、もう一人のわたしは思いとどまり、クラブも引退。受験に専念して無事に程よい大学に進学し、大学で新しいカレもできて、今日はゼミの旅行から帰ってきたところ。
わたしは思い出した。あの合評会の日、F先輩は信号機の故障で電車が遅れ、合評会に遅刻して、わたしの爆弾発言には間に合わなかった。
お母さんは、元ナースってこともあって、町会長さんの世話や、ご家族への対応、ドクターへの説明に追われ、帰ってきたのは深夜だった。
二人のわたしは、互いに、それからの自分を語り合い。いっしょにお風呂に入った。
「ホクロの場所までいっしょだね」
と、バカなことを言って、揃いのパジャマを着てリビングで話しをした。
「風邪ひくわよ。パジャマのまま寝込んだりして……」
「え……ああ……あれ?」
「どうかした?」
「え、いや……ううん」
わたしには解らなくなっていた、わたしがどっちのわたしなのか……わたしの頭の中には二人分のわたしの記憶がある。
どちらから、どちらを見てもフライングゲットのように思える。
「この雪は積もりそうね……すごいわよ。わたしの足跡が、もう雪で消えてしまってる」
窓から雪景色を見ながら、お母さんが誰に言うともなく呟いた。
参考作品『すみれの花さくころ』 https://youtu.be/LUixOWmsF4k
ライトノベルセレクト№106
『夏のおわり・5』
あー、親友二人の反応がコワイよー!
「あ、わたし、小学校のころ、歯の矯正してたんです。それまでは、ちょっと出っ歯で(#^.~#)」
雅美が、機嫌よく自分の秘密を答えている。
「普通だったらさ、まんま出っ歯とか、さんまとか言うジャン。そこを八重桜って、小学生が言うのってすごいと思うの! だれ、それ言ったの?」
「あ、加藤君です。そこの……」
「あ、ああ、あ、どうも。でも読んだ本からのパクリだから」
加藤は、顔を赤くして、でもマンザラでもない風に答えた。
「うん、君たちってすごいよね。十代ってさ、バンバン変わっていっちゃうのよね。あたしなんか、十代は加藤君みたいな優男だったけど、十代の終わりには女の子のかっこしててさ、二十歳になったとたんにちょん切っちゃったもんね」
教室が一瞬笑いに満ちた。さっきまでのヤナ空気は、どっかに行っちゃった。
それから、コイトは、お気に入りのAKB48の『大声ダイアモンド』を、BG付きで唄って踊った。こんな風にしていると、コイトはほんとうに女の子のアイドルに見える。
「この歌はね、自分の衝動に素直になろうってとこがミソなんだよね」
生活指導の先生が聞いたら目を回すようなことを平気で言う。渋谷までがニコニコ聞いている。単にタレントってことだけでなく、人間的に魅力があるんだなあと思った。
「でもさ、昨日の満員電車の中でさ、たとえ二日酔いだったとしてもさ、夏は、どうして、あたしのことがオネエって、気が付いたのかなあ?」
いきなり振られた。口が勝手に動く。
「最初、体が密着したときは、あ、若い女の人って感じでえ。でもって、次のカーブでグッとまた曲がっちゃったじゃないですか。そん時に、ガシって窓枠押さえた手に……なんてのかな、男性的な『守ってやらなきゃ!』って気持ち感じて、そのアンバランスから、あの、そっちの人じゃないかなって感じたんですよね」
「う~ん、複雑。これって誉め言葉なのか、オネエとして、まだ不完全てことなのか……」
とたんに、教室は割れんばかりの拍手になり、なんだか丸く収まってしまった。
このコイトの学校訪問のオンエアーは、予定を早めて、その晩のバラエティーで行われた。
「ハハハ、バラエティーもなかなか面白いじゃない!」
お婆ちゃんは、さっそく宗旨替えして、入れ歯を外しそうになって喜んでいた。
「あ~あ、あたし見損ねたじゃない……」
バスタオルで頭拭きながら、あたしはぼやいた。
「ごめんね、ラジオだったら録音できるんだけど、テレビの録画は、どうもわからなくってさ」
そこに、またコイトから電話。
「なんだ、見てなかったの。ネットで検索してみなよ。誰かが録画してアップロードしてると思うから」
なるほど、その手があったか。
「でさ、徹子さんが見ててくださっててさ」
「徹子?」
「そう、猫柳徹子さん。あたし、明後日『徹子の小部屋』にでるんだけどね、徹子さんからナッチャンご指名」
「えー!」
「OKしといたけど、いいよね?」
「あ」
「それから、明日、『笑ってモトモト』11時半に局入りすればいいからさ。これもよろしく。学校の方には、うちの事務所から電話入れとくから、よろしくよろしく!」
で、あたしの目の前で、タムリが机を叩いて笑っている。当然スタジオ中爆笑。
あたしは、お婆ちゃんから聞いた話しをしただけなのだけど。
「信じらんねえ。だってさ、四月に転勤してきた先生がさ、それも隣同士に机並べてだよ、高校時代の同級生だったってことが、二学期になって分かっちゃうなんてさ。ありえないよ。あ~、おっかしい!」
「なんか、昔は、そんなこともあったらしいですよ。あー、それから、離任式のときに従兄弟同士って分かったり」
「なんか、牧歌的だね、昔の先生って」
「いえ、いまのは先生と生徒」
で、また大爆笑。
「コイト、いいキャラ見つけてきたね。なんてのか、若い頃の桃井香里と秋吉玖美子足して二で割ったような子だね」
「でしょ。もう、昔からの親友みたくでさ」
「でも、コイトはナッチャンとは10個は離れてるでしょ?」
「そんなの戸籍謄本見なきゃ分かんないでしょ」
あたしは、コイトが、そんなに年上だとは思っていなかった。
「あ、呼び捨てにしてきちゃった。コイトさん……かな?」
で、また爆笑になる。
あたしは、四時間目を公欠にしてもらうために、学校のPRを命じられていたけど、すっかり忘れてしまった。
ま、いいか。ディレクターの人はVで、学校のアレコレ挟み込んで流してくれたし。
で、明日は、いよいよ猫柳さんの『徹子の小部屋』である!
もう、夏はキンチョー……(念のため、シャレです)
つづく
高校ライトノベル
『メタモルフォーゼ・9』
あたしを、こんなにしたのは優香かと思った……。
だって、優香が自転車事故で死んだのと、あたしが男子から女子に替わったのはほぼ同じ時間。
『ダウンロード』は優香が演りたがっていた芝居で、よくYou tubeに出てる他の学校が演ったのを観ていた。
しかし、あれは一人芝居で、あれを演ろうとすれば当時発言権を持っていたヨッコ達をスタッフに回さなければならず、ヨッコ達は、そんなことを飲むようなヤツラじゃない。自分は目立ちたいが、人の裏方に回るのなんかごめんというタイプだ。
あたしは、訳が分からないまま部活を終えて、気がついたら受売(うずめ)神社の前に来ていた。鳥居を見たら、なんだか神さまと目が合ったような気になり、拝殿に向かった。
ポケットに手を入れると、こないだお守りを買ったときのお釣りの五十円玉が手に触れた。
「あたしのナゾが分かりますように」
が、手を合わせると替わってしまった。
「うまくいきますように」
なぜだろう……そう思っていると、拝殿の中から声がかかった。
「あなた、偉いわね」
神さま!?……と思ったら、巫女さんだった。
「あ……」
「ごめん、びっくりさせちゃったわね。売り場と拝殿繋がってるの。で、こっち行くと社務所だから」
「シャムショ?」
「ああ、お家のこと。神主の家族が住んでるの。で、わたしは神主の娘。自分ちがバイト先。便利でしょ」
「ああ、なるほど」
「あなた、AKBでも受けるの?」
「え、いえ……あたし……」
「あ、受売高校の演劇部! でしょ?」
「は、はい。でもどうして」
「これでも、神に仕える身です……なんちゃってね。サブバッグから台本が覗いてる」
「あ、ホントだ。アハハ」
「でも、偉いわよ。ちゃんとお参りするんだもの。こないだお守りも買っていったでしょ?」
「はい、なんとなく」
なんとなくの違和感を感じたのか、巫女さんが聞いてきた。
「あなた、ひょっとして、ここの御祭神知らない?」
「あ、受売の神さまってことは、分かってるんですけど……」
詳しくはしりませんと顔に書いてあったんだろう。巫女さんが笑いながら教えてくれた。
ここの神さまは天宇受売命(アメノウズメノミコト)と言って、天照大神が天岩戸にお隠れになって、世の中が真っ暗闇になったとき、天照大神を引き出すために、岩戸の前で踊りまくった。
神さまたちを一発でファンにして、前田敦子のコンサートみたく熱狂させたという、アイドルのご先祖みたいな神さま。
あまりの熱狂ぶりに、天照大神が「なにノリノリになってんのよ!?」と顔を覗かせた。そこを力自慢の天手力男神(アメノタジカラオ)が、力任せに岩戸を開けて無事に世界に光が戻った。で、タジカラさんはお相撲の神さまで。ウズメさんが芸事の神さま。今でも芸能人や、芸能界を目指す者にとっては一番の神さまなのだ!
あたしは、ここで二度も神さま(たぶん)の声を聞いた。と……いうことは、神さまのご託宣?
訳が分からなくなって、家に帰った。
「美優、犯人分かったらしいわね!」
ミキネエが聞いてきた。ちなみに我が家は、今度の映像流出事件と、その元になったハーパン落下事件は深刻な問題にはなっていなかった。
「イチゴじゃなくって、ギンガムチェックのパンツにしときゃオシャレだったのに」
これは、ユミネエのご意見。
「しかし、男子の根性って、どこもいっしょね」
これは、ホマネエ。
「まあ、これで、好意的に受け入れてもらえたんじゃない?」
有る面、本質を突いているのは、お母さん。
もう、あの画像は削除されていたけど、うちの家族はダウンロードして、みんなが保存していた。
「あ、なにもテレビの画面で再生しなくてもいいでしょ!」
と、うちはお気楽だったけど、この事件は、このままでは終わらなかった。
つづく