大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ポナの季節・92『夏って名前・1』

2020-11-28 15:21:34 | 小説6

・92
『夏って名前・1』語り・夏
             

 

 

 夏に生まれたから夏ってつけたんだ。

 小学三年の時にお父さんに聞いた。

 知ってたんだけどね、その時は沈黙が嫌なんで聞いてみたんだ。

 

 そろそろ眠りに落ちるかなあ……と、思った時玄関のドアが開く音がして、その開け方でお父さんだと分かった。

 リビングで、ソファーがミシっと音を立てる……これはお母さん。

 ソファーに寝っ転がってタブレットでネットサーフィンしながら亭主の帰りを待っていたんだ。

 二人とも、音のたてかたで機嫌が分かる。

 二人とも機嫌が悪い……お父さん、リビングに入ってきて、冷蔵庫を開ける音。

 チ

 舌打ちの音がして冷蔵庫が閉まる。

 グラスを出す音がして、水道で水を汲む音。

 こないだは、ここでお母さんが寝室に行って、お父さんはお風呂に入って、それでお終いだった。

 今夜のお母さんは、まだリビングを出て行かない。

 

 やばいよ……お母さんは勝負に出る気だ。

 

 起き上がってリビングに向かう。

 コップを出して水道の蛇口をひねる。

「飲むんだったらお茶にしなさい」

「お水が飲みたかったの」

「あなたが水なんか飲むからよ」

「…………」

「自分が飲みたかったから」

「…………」

 めちゃくちゃ空気が悪い。

「おかえり、お父さん」

「お、おう」

「お水飲んだら、サッサと寝なさい」

「うん……」

 間が持たない……このままだったら、自分の部屋に戻って、お布団被って寝るしかない。

 でも、あたしが居なくなったら、今夜こそ破局になる。子どもでも、子どもだからこそ分かるよ。

「夏」

 お母さんが焦れる。

 それで、口をついて出た言葉が「なんで、夏って名前をつけたの?」だった。

「夏に生まれたからさ」

 お父さんが応えて、それが、ちょっと恥ずかしそうで。中年のオッサンが恥ずかしそうなのは、ちょっとかわいい。かわいさは空気を和ませてくれるんで、ここから解れるんじゃないかな……と、ちょっとだけ期待。

 テレビドラマとかで、こういうとこから、和んでいくってあるじゃん。

 子はカスガイとか言ってさ。

 

 事務所から正式な契約書を出してほしいって言われた。

 SEN48のアシスタントは、ほんの見習いって感じだったんだけど、今度自衛隊の行事に参加するのをきっかけに、あたしみたいな者でも雇用関係をしっかりさせておきたいということなんだ。

 あたしって、十四歳の中学二年だけど、ただのお手伝いというわけにもいかないらしい。

 キチンとしてもらえるって、嬉しくて、ちょっと身の引き締まる感じ。

 それで、生まれて初めて履歴書を書いている。

 

 平沢 夏

 

 名前を書くと、五年前のことが思い出されてね。

 こないだまでだったら、ここで放り出して、お布団被って寝てしまう。

 今日のあたしは、もうちょっと思い出してみようと思っている。

 あのときの、お父さんと、お母さん……と、あたし。

 

 ポナの季節 第一期 完

 

※ ポナと周辺の人々

父      寺沢達孝(60歳)   定年間近の高校教師
母      寺沢豊子(50歳)   父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん
長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉
次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明
長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官
次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。

高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智  父の演劇部の部長
蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母
平沢夏   未知数の中学二年生

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やくも・12『図書分室・1』

2020-11-28 06:45:12 | ライトノベルセレクト

・12『図書分室・1』    

 

 

 学校に図書分室というのがある。

 

 図書室と言うのは、本だけじゃなくて、いろんなものがある。

 視聴覚機材という括りになっていて、スライド映写機とかスクリーンとか、古いパソコンとかビデオカメラとか、なんだか分からない機材とか。そういうのを保管している倉庫みたいな部屋。

 その図書分室に古い本を持って行ってほしいと頼まれた。

 頼んだのは霊田(たまた)先生。

 頼まれて、やっと名前を覚えた。

 眼鏡のオールドミス。この先生は図書部長で、委員会で一度顔を見ただけ、一度見ただけで、あまり関わらない方がいいと思った。先生も必要最小限しか言わないタイプのようで、今日呼び出されるまでは口をきいたことがない。

「適当に片しといて。あの台車使って……」

 本の山と台車を指さしておしまい。泣きたくなるほど素っ気ない。

 泣かずに済んだのは相棒が居たから。

 相棒は小桜さん。先週、小桜さんは四日連続で休んでいた。四日の内三日が図書の当番に当たっていた。

 なんの因果か、三日間とも、わたしが小桜さんの穴埋めをやらされたんだよ。

 先週はごめんね……言うかと思ったけど言わない。

 ま、穴埋めやったのがわたしだってことも知らないのかも……霊田先生も言ってくれりゃいいのに「小泉さんが当番代わってくれたのよ」ってぐらいはね。

「とりあえず」 

「階段」 

「分室の前」 

「運んで……」

「から……」 

「入れる」

「うん」

「うん」

 散文的な会話して、いよいよカチャリ。分室の扉を開けて運び込む。

 

 かび臭ぁぁぁぁぁ

 

 かび臭さを共感して、それでも、それ以上の会話はしない。

 かび臭い上に散らかっている。どちらが言うともなく奥の方を片付けて百冊余りの本を積み上げる。

 これなんだろう……口に出したわけじゃないのに、同じものを見ている。

 ニス塗りの黒褐色の木の箱、大きさは給食のパンの箱を二つ重ねたぐらい。

 親しかったら「なんだろうね」くらいは言うんだけど、無言のまま。

 これが、他のみたいにホコリまみれなら、手を付けなかったけど、この箱だけが普通だ。何かが上に載っていて、片づける時にどけたのかもしれない。それに、長い方の端に掛け金があって、それを外したら簡単に開きそうだったし。

 カチャリ

 簡単に掛け金は外れて、上の蓋を開ける。

 

 なにこれ?

 

 二人の声が揃う。

 それは、一瞬だけど巨大なスマホに見えた。

 

 

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かの世界この世界:146『ケイトのケアルラ』

2020-11-28 06:29:52 | 小説5

かの世界この世界:146

『ケイトのケアルラ』語り手:ケイト        

 

 

 リスの化身だとは思えなかった。

 

 ロキが抱きとめた体は華奢だったけど、同性のあたしが見てもきれいだ。

 見たことは無いけど、月の女神アルテミスが居たとしたらこんな感じ。

 腕も脚も細いんだけど、駆けたり跳んだりする機能が集約された美しさはカモシカみたい。チュニックに包まれた胴はロキの腕の中でグッタリしているけど、かえってしなやかなで美しいラインを顕わにしてトールボウ(あたしの武器の弓)のしなりを思わせた。

 でも、感動したのは一瞬だ。

 みるみるナフタリンの体は、ロキが握っている手の先を除いて透け始めた。この世界の事には疎いあたしでも、ナフタリンに危機が迫っているのが分かった(;'∀')。

「ケイト、ケアルを!」

 テルが叫ぶのとケアルの呪を唱えるのと同時だった。

「……ブロンズケアル!」

 最弱の回復術しか使えないあたしは、せめて渾身の力を籠めた!

 ホワワワーーーーーーン!

「……ケアルラだ!」

 テルに言われるまでもなく、あたしの手から湧き出したオーラは赤みを帯びたブロンズケアルではなく。白光に近いシルバーケアルラのそれだった!

「すごい、いつの間にレベルアップしたのだ!?」

 姫が自分のスキルが上がったように感動してくれている。いろいろ我儘なお姫さまだけど、こういう時に素直に感嘆の声をあげられるのは、姫の魅力でもあるし、本人も自覚しない品性のようなものだと思う。むろん、ロキもテルも驚いているし、ユーリアは涙を流してさえいる。

 そして、いちばん驚いているにはナフタリンだ。

「回復した……こんな状態で回復するなんて……ありえねえ……やっぱりブリュンヒルデのお仲間……礼を言いうよ」

「それで、ナフタリン、ユグドラシルに行ってはならないと言うのはどういうことなのだ?」

「それは……ユグドラシルの八つの世界はバラバラなんだ。シナプスは大方断ち切れちまって、血管を失った臓器みたいに壊死していくのを待つばかりの状態なんだ」

「そんなに悪いの?」

 あたしが聞くと、タングリスとテルから――よせ――という空気を感じた。

「わたしに遠慮することは無い。心にあるままに言え」

 姫が促す。

「時の流れが滞っていんだ。先のラグナロクで燃えきれなくって……時の女神は新しいユグドラシルを芽吹かせるために地に潜っていやがる。地上の光を持ちこたえさせるためにヴェルサンディだけはヘルムに向かったんだけどな」

「そういう事情だったのか……」

「姫のせいではありません」

「いいんだタングリス。ナフタリン、続けてくれ」

「うん、ユグドラシルの八つの世界は、いまや骸に湧くウジ虫のようなクリーチャーだけが暴れまわる世界になり果てちまった。だから、次のユルドラシルが芽吹くまで待っておくれ」

「そうか、そういうことであるならば、いっそう行かなければな!」

「姫!」

「進路を指示してくれ。ラタトスクなら容易いことだろう。タングリス、操船を任せる」

 

 姫の決意にタングリスもテルも頷くしかなかった……。

 

☆ ステータス

 HP:20000 MP:400 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー

 持ち物:ポーション・300 マップ:13 金の針:60 福袋 所持金:450000ギル(リポ払い残高0ギル)

 装備:剣士の装備レベル55(トールソード) 弓兵の装備レベル55(トールボウ)

 技: ブリュンヒルデ(ツイントルネード) ケイト(カイナティックアロー) テル(マジックサイト)

 白魔法: ケイト(ケアルラ) 空蝉の術 

 オーバードライブ: ブロンズスプラッシュ(テル) ブロンズヒール(ケイト)  思念爆弾

☆ 主な登場人物

―― かの世界 ――

  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士

 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 

 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児

 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態

―― この世界 ――

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

 

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