銀河太平記・019
ウッヒョーーーー(^▽^)!
箸に絡めた納豆を頭の上まで伸ばしてテルが喜ぶ。
「ちょ、浴衣の前(^_^;)!」
箸を上げたまま立ち上がってはだけた浴衣の前をミクが注意する。
「だってさ、こんなに伸びりゅんだよ! やっぱり本場の納豆は違うのよさ!」
「ああ、分かったから。帯もこんなに上がっちゃってえ」
自分の箸をおいて、着崩れた浴衣を直してやるミク。
なんだか、家族旅行にやってきた母親と幼子だ。
皇居を後にした俺たちは憧れの修学旅行専用の宿に向かった。
不忍池のほとりにある成駒屋は三百年続く伝統的旅館だ。
修学旅行専用というのは看板の文句で、シーズンオフなら一般の宿泊客も受け入れているんだがな。まあ、心意気だよな。
今どき、オートどころかアルミサッシですらなく、二十年に一度は取り換えると言う正面玄関の四枚の硝子戸は、国産ヒノキの木製で金文字の『成駒屋』もゆかしい。
玄関を上がると一面に敷かれた赤じゅうたん。左側のフロントにはコンピューターのインタフェイスも見当たらず(後で聞いたら、カウンターの下に目立たないようにしてあるらしい)。右手のお土産売り場と相まって、二百年の時空を超えて旅人を令和以前の日本に誘ってくれる。
この雰囲気を平成ノスタルジーと捉えるか昭和レトロと捉えるかで、楽しい論争をしながら本物の水道水をを使った風呂に入った。
二十三世紀のいまは、水はパルス殺菌されて、ほとんど超純水と変わりがないんだけど、この成駒屋の風呂は文化庁の許可で二十世紀の水道水と同じ塩素殺菌をやった上に日替わりの『温泉の素』を入れているという念の入れようで、塩素でゴリゴリ殺菌した皮膚に温泉の素の養分が乱暴に染み込んでくる感覚は、ほどよく心身を刺激してくれて、二十世紀の野生を取り戻す。
ニ十世紀の野生は、浴室前の卓球台を見逃さず、四セットも卓球をやって、また風呂に入りなおした。
そして、入浴後の晩御飯に俺たちはシビレまくっているというわけだ。
「でもしゃ、火星の重力って地球の半分もないのに納豆のネバネバはこんなには伸びにゃいよ」
「レプリケーターだからな。それにテル面白がってかき混ぜすぎだ」
たしかにテルの納豆は白いスライムのようになっている。
「ハンバーグもエビフライもOGビーフのサイコロステーキも付け合わせにナポリタンスパゲッティも椀そば(お椀に一杯だけのそば)も味噌汁も卵焼きもサラダも浅草海苔も、お新香しゃえも微妙に違うニャ!」
「そうね、重要文化財は建物だけじゃないのよね」
「これも、御在位二十五周年の特別メニューなのかなあ」
「いや、成駒屋は日ごろからだそうだよ。お客に出すものは絶対レプリケーターを使わないんだそうだ」
「ってゆうことは、これ、みーんな人間が作ってゆってことにゃの!」
「ああ、特別なのは料金の方さ。これだけのものを人の手で作ったらレプリケーターの五倍くらいの値段になってしまうけど、ご大典の期間は二十世紀の値段に据え置きなんだそうだ」
「そうなんだ」
「でも、高校生の修学旅行に、こんな贅沢していいのかなあ」
「アハハ、ミクは貧乏性にゃ、ラッキーな時に来たって喜べばいいのにゃあ(^▽^)/」
「そうだ!!」
「うっ……喉に詰まるじゃないか!」
ミクがテーブルを叩いて立ち上がった。
「ね、明後日の富士登山もアナログで登ってみようよ!」
「あ、しょれいいのよしゃ(^▽^)/!」
「え、3776メートルもあるんだぞ!」
ミクとテルがその気になって、ヒコはニヤニヤ。
「おい、ヒコ、なんか言えよ」
「まあ、明後日の事だ。明日は上野近辺で休養、のんびり考えよう」
そう言うと、残ったご飯にお新香を載せてサラサラとお茶漬けにするヒコであった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる