まりあ戦記・038
『司令の息抜き』
司令がベースの外に出ることはめったにない。
俺の三回忌にやってきたのは、よくできたアンドロイドだ。だれも気づかなかったが、ホトケさんの俺には分かった。
箱根の秘密基地はベースに居るのと変わらない。どちらも軍務だし、国防省の横やりが入ってからは足を運んでいない。
常に臨戦態勢のベースだから、当たり前といえば当たり前なんだけど、どうやってリフレッシュしているんだろう?
!……なんとか声を飲み込んだ。
まりあは訓練に身が入らない。ウズメに慣れてくると自己流に動きたくなるまりあだが、反比例して縛りがきつくなる。
パルス攻撃がかけられれば、短時間に、もっと効率よく戦える。
八発しか撃てないレールガンを何度も装着し直さなければならない戦闘方に嫌気がさしている。
だから、通り一遍の訓練を消化したあとは、勝手にベースを飛び出している。
高安みなみ大尉は、力づくでまりあを従わせることはやめ、副官の中原光子少尉に見守らせるだけにしている。
先日、粘着シートで絡めとってからは、まりあのへそが曲がりっぱなしで、元に戻らないからだ。
――すみません、またまかれてしまいました( ノД`)シクシク…――
少尉の尾行は四日目で不発になった。
――しかたないわ、今夜は様子を見ましょう――
少尉の失敗ではない、それだけまりあに知恵と力が付いたということだし、少尉にだけ荷を負わせることもできない。
――司令に報告するか――
ヘッドセットを外して立ち上がるが、一歩踏み出しただけで止めた。
バフ!
乱暴に当直用シートに尻を落とすと、司令のCPに報告だけを打ち込み、120度のリクライニングにして目をつぶった。
トランポリンがあることは確認しておいた。
駅のホームに上がるや否や、まりあはベンチを跳躍台にして、八メートル下の袋小路に飛び降りた。
トランポリンは、地元のクラブが練習場所の確保に困って、この袋小路に置いてあるものだ。
まりあは、腰を沈めて反動を殺すと南側の塀を超えた。そのまま十メートルも歩けば三叉路でドブ板通りに入れる。
三叉路の手前に呑み屋の違法な増築部分があって、すぐには見通せない。これが適度な目隠しになっていて、少尉にトランポリンの仕掛けに気づかれても、姿を見られることを防いでくれる。
!……なんとか声を飲み込んだ。
増築の陰に二人の人間がいた。
一人は、この界隈どこにでもいる酔っぱらい、もう一人は呑み屋のアルバイト風の女の子。
酔っぱらいが女の子にしなだれかかり、女の子は酔っぱらいをさばいてビールケースに座らせた。
その瞬間に見えてしまったのだ。いや、感じてしまった。
二人はアクト地雷で、瞬間的に並列化して、酔っぱらいはスイッチが切れたように酔いつぶれた。
つまり、アクト地雷を動かしている主体が代わったということであり、代わった主体は、一瞬洩れたパルスで分かった。
――あれは、司令だ……!――
かの世界この世界:130
蠕動運動を起こした美容院は数秒で巨大な口になった!
二十畳ほどあった床は舌に変わって、我々はロレロレ転がされて口の向こうの食道の方へ呑み込まれてしまった。
ダスターシュートのような食道を抜けると遊園地のバルーンハウスのような所に墜ちた。
フワフワしているところはバルーンハウスだが、ネバネバしている。
「せっかくシャンプーしたところなのにい!」
「姫、ここは巨大なクリーチャーの胃の中と思われます」
「胃の中!?」
「きっと、灌木林の中で開けた口を美容院に偽装して誘い込んだのでしょう、うかつでした」
「シャンプーは、シャンプーリペアーと言って、瞬間でシャンプーとトリートメントをするだけのようだぞ」
フォルダーを確認すると効能書きのテキストが出てきた。我々の不注意か、そういう魔法が掛かっていたのか、さっきまでは認識できなかったのだ。
「このままでは胃酸に溶かされます……溶解防止のアイテムは……」
「あった、消化防止リングだ」
裁縫に使う指ぬきのようなものだ、各自フォルダーから出して指に装着する。お茶を口に含んだ時のような爽やかさ、お茶のそれと違うのは、その爽やかさを全身をで感じることだ。しかし……護ってくれるのは生身の体だけのようだ。
「服が溶けだしてきたぞ!」
「ということは、裸にされて化け物の体内を巡って…………出されるわけか?」
「消化の早さから見て……おそらく四時間後ぐらいには出られるでしょう」
我々が収まったことで刺激されたのだろう、巨大な胃袋が消化活動を活発にしてきた。胃壁が収縮してもみくちゃにされる。そのたびに胃壁に擦られ、他の者とぶつかって服がほぐれて溶けていく。
「こんなみっともないことが四時間も続くのか!」
あまりの気持ち悪さにブリュンヒルデは自慢のツィンテールをお下げほどの長さに縮こまらせた。
「腸の方へ行ったら、こいつが先に食ったものと一緒になるのではないか?」
先の事を予想して、我ながら不吉な想像をしてしまった。
「先に食ったモノって……?」
「それは、子どもが大好きな仮名文字三字で表現されるものでしょう」
タングリスが無表情に言う。
「それって、ウ〇コのことか!?」
「死ぬよりはましでしょう」
「死んだ方がましだあ!」
「胃から十二指腸にいくには、まだ間があるだろう、グチってないで考えよう」
「なるべくなら、服が溶け切る前に考えが浮かぶといいがな」
三人の衣服はあらかた溶かされて、胃液を含んで半透明になった下着を残すのみとなっている。
「ところで、ポチの姿が見えません」
「あいつ小さいから、もう溶かされてしまったのか?」
「痕跡さえありません」
「不憫なやつだ……」
「いや、痕跡もないということは、胃の中には居ないのではないか?」
「そうか……とすると?」
その時、胃がギュっと収縮して、三人は満員電車の中に居るようになった。
ムギュ~~
「タングリス、寄るなあ!」
「仕方ありません、こいつの生理現象でしょう……」
次の瞬間、巨大なダムが決壊したような衝撃に襲われた!
「「「ウワーーー!!」」」
闇と光と胃液がグルングルンと交錯し、我々は上下の感覚を失った……。
☆ ステータス
HP:11000 MP:120 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー
持ち物:ポーション・180 マップ:10 金の針:50 福袋 所持金:350000ギル(リポ払い残高0ギル)
装備:剣士の装備レベル45(トールソード) 弓兵の装備レベル45(トールボウ)
技: ブリュンヒルデ(ツイントルネード) ケイト(カイナティックアロー) テル(マジックサイト)
白魔法: ケイト(ケアルラ)
オーバードライブ: ブロンズスプラッシュ(テル) ブロンズヒール(ケイト)
☆ 主な登場人物
―― かの世界 ――
テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
―― この世界 ――
二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い
中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長