やくもあやかし物語・104
学校に行きたくない。
普通の子が言ったら登校拒否の前兆。
でも、言ったのはチカコだから登校拒否にはならない。
だって、チカコはうちの中学の生徒じゃない。
生徒じゃないけど、家に残しておくと寂しそうだし、1/12スケールなんでカバンとかポケットに忍ばせて連れて行く。
カバンの隙間や目から上だけ出してポケットから、あれこれ見聞きしては喜んでいるからね。
「うん、たまにはいいんじゃない」
そう言って机の上に残してきた。
部屋には、他のフィギュアも居るし、黒電話もアノマロカリスも居るから、寂しいこともないしね。
図書当番でカウンターに座っている。
相棒の小桜さんが職員室に呼ばれているので、しばらく一人だ。
小桜さんは、わたしより大人で、進路のことを真剣に考えている。きっと、その件で呼ばれてるんだ。
ちょっと長引くかも。
「ごめんね」を二回も言って、図書室を出る時には手まで合わせていった。
「いいよいいよ、気にしないで(^_^;)」
どうせ誰も来ないから……これは、図書委員としてはどうかと思うので、両手をパーにしてハタハタと振っておいた。
シーーーーン
図書室に一人だけ。
図書委員になりたてのころは、この静かさは苦手だったけど、このごろは好き。
現代社会で全き静寂というのは最高の贅沢だ。なにかで読んだエッセイに、そういうのが書いてあった。
わたしは、その贅沢を堪能しているんだ……そう思うと、ちょっとニマニマしてくる。
――むかしはゼンマイ時計が掛かっていたから、静かだと時計のコチコチいう音がすごく大きく聞こえた——
図書室のゾクゾクするような静寂を話したら、学校のOGでもあるお母さんは、そう言ってた。
今は、電子時計だから時計も寡黙だ。
ゲ ゲ ゲゲゲノゲ♪
チカコのリクエストで変えたスマホのコールが鳴った。ビックリして、座ったまま三センチぐらい飛び上がった!
「もしもし」
『よかった、黒電話です』
電話の主はわたしの黒電話。正確には電話の中か向こうに居る電話の交換手さん。
いつも、電話を取り次いでくれるだけなのが、自分で電話してきたんだから、よっぽどのことだ。
「なにかあったの?」
すぐに頭に浮かんだのは、お祖父ちゃんお婆ちゃん。二人とも歳だし、昼間はお母さんも居ないし。
ひょっとして、どっちかが倒れた!? どうしよう、救急車って、学校からでも呼べたっけ? 緊急だから、メモだけ残して帰ればいいかな、先生とか小桜さん待ってたら間に合わないし!
『チカコが……』
「チカコ?」
別の意味で心配だ。
「チカコが、どうかした?」
できるだけ冷静に聞く。まずは、わたしが落ち着かなきゃ。
『一番下の引き出しに鬼の手を入れてますよね』
「う、うん」
悪い予感、二丁目地蔵さえ、メイド地蔵になって文句を……心配していたよ。
『引き出しを開けて、自分は椅子の上に座って、ずっと鬼の手を見つめているんです……もう、かれこれ三時間になります』
そうだ、チカコも本性は人の左手首だ。左手同士……ひょっとして、チカコが取り込まれてしまう!?
これは、一刻も早く帰らなくっちゃ。
でも、人がいないからと言って勝手に帰れない、いよいよメモ残して帰るか?
「分かった、できるだけ早く帰る!」
電話は切ったけど、メモだけ残して帰っていいものか……家の者が急病で……って、チカコのこと人には説明できないし。小桜さん、早く帰ってこないかなあ……
ガラ
その瞬間ドアが開いて、小桜さんが帰ってきた。
「ごめん、やっと先生に話し終わったから」
え、ひょっとして、これも鬼の手の効能?
考えてる暇もないので「ごめん、家で急用ができて!」。それだけ言って、わたしは学校を出た。
校門を出る時、愛さんと染井さん(銅像と桜の精)の心配そうな視線を感じたけど、返事をする余裕もなかった。
家まで飛んで帰れたら……思いかけたけど、胸にしまい込む。
下手に望みが叶ってしまうと、とんでもないことが起こりそうな気がしたからね。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手