せやさかい・250
ピンポンパ~ン 3年3組の酒井さん3年3組の酒井さん 至急職員室まで来なさい
チャイムが鳴って、起立、礼が終わって数学の先生が教室を出ると同時に校内放送がかかった。
一瞬、教室中の注目が集まる。
休み時間になったのを待って放送したという切迫感がある――なんやろ?――なにをしよったんやろ?――そんな空気が漂うんやけど、次は理科室の移動授業やから、大半のクラスメートは理科の教科書ノートを持って教室を出ていく。
「教科書とノート持って行っておこうか?」
留美ちゃんが聞いてくれる。
教科書とノートの心配というよりは、それを種に心配を共感してくれるような響き。
「ううん、だいじょうぶ」
返事はするんやけど、うち自身――なんやろ?――と、小さく驚いてる。
放送の声は担任のペコちゃん(月島先生)。
ふつうは『月島のところまで来なさい』と言うんやけど、抜けてた。落ち着いた声やったけど、先生も、ちょっと慌ててる感じ。
失礼しま……
失礼しますの『す』は呑み込んでしもた。
すぐにペコちゃん先生と目が合って――ちょっと大変なこと――という思いが伝わった。
先生の横には、丸椅子が二つ。たった今まで、先生は誰か二人と話ししてた感じ。
「ごめん、呼び出して……」
言いながら、丸椅子の一つを勧める。
思い込みかもしれへんけど、丸椅子には、たった今まで人が座ってた温もりがした。
「な、なんでしょうか?」
雰囲気で、ちょっと声がうわずってしまう。
「急なことなんだけど、夏目君が転校したの」
「ええ!?」
「たった今まで、ここに座っていたんだけど、飛行機の時間が迫ってるって……」
「なんでですか?」
「お父さんの仕事の都合で沖縄にお引越しなんだって」
「沖縄……」
「以前から決まってたらしんだけど、コロナで移動できなくって、緊急事態宣言が解除されたことで、急に決まったみたい」
「そうなんですか」
「文芸部には挨拶していきたいって、ほんと、今の今までいたんだけどね。詳しく聞きたかったら、担任の先生が御存じだから聞いてみる?」
「あ、いや、いいです。聞いても銀之助が戻って来るわけやないですから」
電話ぐらいしてこいよ……思たけど、銀之助は、まだスマホを持たされてなかったのを思い出す。
コロナで、この一年は満足に部活できてへん。
学校やら街で会うたら声はかけるんやけど、それでも、学年が違うと、何日も姿を見いひんこともあった。
留美ちゃんとは一つ屋根の下で住んでるから、ノープロブレムやった。
銀之助の事は、知らず知らずのうちに意識の外にしてへんかったやろか……。
で、思た。
留美ちゃんでなくてうちを呼んだのは、先生も思うとこがあったんや。
留美ちゃんは、真面目やさかい、きっとうち以上に気に病む。
せやさかい……。
う……ちゅうことは、先生はうちに下駄を預けた?
留美ちゃんに、どない伝えよか……思いながら、理科室のある南館校舎に急いだ。