大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『ジュンゾハルモニ』

2021-10-12 06:30:38 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

증조할머니(ジュンゾハルモニ)   

『秋物語り』のための習作


 

 山下公園は関東大震災のガレキの上に作られた公園だ……でも知る人は少ない。

 わたしも、大学のゼミで習うまで知らなかった。 

 知ってから、ここに来るとやっぱり意識してしまう。でも、周りの景色や、日頃の煩雑なことが頭にポワポワ浮かんでいるうちに忘れてしまうけどね。

 目の前の氷川丸だって、進水から九十年、日本郵船の花形客船、戦時中は病院船、戦後は引き揚げ船を経て再び太平洋航路のロートル貨客船に、そして、浮かぶユースホステルを経て、今は、横浜市の文化財になって、この山下公園には無くてはならないモニュメント。そして、その意味を超えた存在になっている。でも、わたしはジブリアニメ『コクリコ坂から』の海と水沼の二人だけのシーンが焼き付いていて、そんなことはすぐに忘れてしまう。

 よ、コクリコ坂!

 いきなり背中をどつかれた。

 振り向くと、四年前とちっとも変わらない美花の子どもっぽい姿があった。

「なによ、いきなり148センチが!」
「148・5センチだぞ!」

 お尻のあたりでブラブラさせていたポーチを、それこそ子どものようにブン回しながら無邪気な美花。
 もう一言二言昔のように悪態をついてから、大人になった自分たちに戻ろうと思ったが、美花の目に、微かに涙のあとを見つけてしまったので、少し落ち着いて話し出した。

「そういや、ここでコクリコ坂ごっこ、やったんだよね」
「アハハ、あの時はびっくりした。大学生がセーラー服着てくるんだもん」
「美花は裏切ったんだよ、あの時」
「だって、まさか、ほんとに着てくるとは思わなかったんだもん」

 ……今でもあの時の写真はメモリーもプリントしたのも持っている。

 氷川丸をバックに、アニメと同じアングル。水沼役は、CGで合成して、その日の気分で変えられるようにしてある。パリオリンピックを来年に控え、スマホやタブレットの技術は飛躍的に進み、3Dはおろか、ホログラムまで出始めている。

「ほら、持ってきたよ。氷川丸はアニメ通りエメラルドグリーンにしたし、ほれ、美花もハメコミで作っといた」
「……これ、体は亜紀か麗なんでしょ?」
「えーと、麗かな……」
 オリジナルに戻すと、麗のセーラー服にもどった。
「美花に戻して」
 タブレットに言うと、元の美花に戻った。
「ちょい、前灯りを増やして……オッケー!」
 タブレットは、命ぜられた通り、映画のワンシーンのような美花に仕上げた。
「これ、もらっといていいの?」
「うん、型オチだから……あれ、水沼君は?」
「帰ってから、ゆっくりやる」

 美花の顔に憂いの陰がよぎった。わたしはさりげに話題を変えた。

「山下公園は、昔と変わらないね……」
「昔どころか、昭和の初め頃からのまんまだって、うちのひい婆ちゃんが言ってた」
「ひい婆ちゃんとこ行ってきたの?」

 天気予報を確認するような気楽さで聞いた。

「……いま、行ってきたとこ」

 美花の眉が、懐かしくもかわいいヘタレ八の字になってきた。

「ハハ、なんだか大阪でシェイカー振ってたころの顔になってきた!」
「アハ、こんな具合にね!」

 六年前のサキにもどって、美花は、ポーチをシェイカーに見立てて振りだした。すかさずシャッターを切る。

「いいぞいいぞ……よし。タブレット出して『ガールズバー リュウ』って言ってみな」
「え、まさか……『ガールズバー リュウ』……わ!」

 懐かしい『ガールズバー リュウ』のシャメが、すごい早さでスライドショーになった。

「目が回っちゃう!」
「自分の名前言って、言って!」
「えと、サキ!」
「で、シェイク!」

 美花が、サキの偽名でガールズバーでシェイカーを振っていたころのシャメが3Dの動画になって現れた。

「ハハ、かっわいい~」
「店で、一番最初に人気になったんだよね」
「ヘヘ、照れるよね(n*´ω`*n)」
「無鉄砲だったよね、あの頃。親もよくほっといたもんだ」
「……ひい婆ちゃん、一人心配してたんだ」
「でも、帰った時は笑顔だったじゃん。『若いうちはこれくらいの無茶やらなくっちゃ』て、そうそう『麗ちゃんや亜紀ちゃんがいっしょだったから安心』だったって……」
「ひい婆ちゃんは、いつもそう……」

 美花が、やっと気持ちを吐き出したのは、この春から始まった氷川丸のオープンデッキのカフェだった。

「波見てると、なんだかほんとに船、動いてるみたい……」
「ビール飲みながら見てると、酔っちゃうわよ」
「……ひい婆ちゃん、許してくれたよ」
「……そう、よかったじゃん」

 できるだけ平静に言ったけど、美花の子どもっぽい顔は、見事なヘタレ八の字になり、二筋涙が頬を伝った。わたしは、そっと並んで、手すりの美花の手に自分の手を重ねた。

「顔クシャクシャにしてさ、美花は、それでいい、それがいいって……大阪から帰ってきた時みたいに言うんだよ」
「よかったじゃん、それで」
「だけど……」
「いつも言ってたじゃん。日本に住んで四世代にもなるのに、いまだに国籍与えないのは日本ぐらいだって」
「うん、でもね、言うんだよ……ジュンゾハルモニはそれがええって……ジュンゾハルモニはそれでええって……」
「ジュンゾハルモニ?」
「あっちの言葉で、ひい婆ちゃんのこと……もう九十を過ぎた年寄りだよ、意味も、ひっかけも、何にも無しだよ。あたし、ひい婆ちゃんから、あっちの言葉で聞いたの初めてなんだもん。百の言葉で言われるより堪えたよ。ジュンゾハルモニ……」

 ボー…………。

 遠くで汽笛が聞こえた。

 わたしたちの気持ちを理解しているようにも、反対しているようにも聞こえた。

 でも、いずれにしろ忘れるなよ……と、わたしには聞こえた。

 うん、忘れるもんか。

 

 

コメント
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