銀河太平記・076
大ざっぱに、人間、ロボット、ロボット的人間、人間的ロボット、そんなのがウロチョロしてる。
それが『西』であるフートン。
構成は『南』のヒムロカンパニーや『東』のナバホ村と変わらないけど、ウロチョロというところが独特。
昼間から麻雀杯の音がするし、小鳥をかごに入れて、その鳴き声を聞き比べながらお茶をしている。
ゆっくり太極拳をやってるグループ、中には和式の花札に興じている者や、チェスをやっている者も少数いて、その間を子どもたちが黄色い声をあげながら走り回っている。
所どころには、屋台やくたびれたキッチンカーが、パッと見には分からないジャンクフードや飲み物を売っていたりして、子どものころにラボで見た『九龍城』の無秩序を思わせるが、けして不潔とか不健康な感じがしない。
「クスリを厳しく禁止しているせいかもしれないなあ」
主席の周温雷がにこやかに無精ひげを撫でる。
社長が、ざっとメンバーを紹介すると、もう十年来の知古のように接してくれる。
「母体が漢明だからね、中華風になってしまう。別に強制はしないんだけど、みんな、これがいいらしくて、まあ、緩いのは、西ノ島共通の空気だね」
「今日、村長といっしょに伺ったというのは……」
「ああ、B鉱区のパルスガ鉱床のことでしょ、いや、残念でしたね」
もう事情を知ってる、油断がならない。
「ハハハ、目が怖いよメグミさん。別にスパイを送り込んでるわけじゃないんだけどね、西ノ島は、みんなフランクでね、たいていの噂は半日もあれば島中に伝わるんですよ」
「それでも、筋は筋だから、ヒムロ社長は仁義を切る。そういうところが、俺も主席も、島のみんなも好きだからな」
村長が老酒をあおりながら、目をへの字にしている。
「いやあ、僕は、本当はコミュ障なんですよ。だからね、こうやって、直接顔を合わせることで、なんとか分かってもらえるように、心がけて……おかげで、こうやって、みんなと美味しい酒がいただけますし(n*´ω`*n)」
まだ十分ほどしかたっていないのに、社長の前には、老酒の徳利が空になって転がっている。
「あ、メグミは呆れたでしょ、西ノ島の男は飲兵衛だって」
「あ、いえ、見た目とお酒の飲み方にギャップがあったもので」
「アハハ、メグミも遠慮なくやってください」
「はい」
わたしは義体率七割を超えているのでアルコールなどいくら飲んでも平気なんだけど、飲んでも社長のような自然なフランクさは出せない。こういう海千山千の中に居ては、自分でも一番自然と思われる風にしているのがいい。
「シゲ老人は、社長とはトイレが縁の付き合いと聞いてますが?」
主席は、みんなにちゃんと話題を振っていく。単に人好きなのか、気配りなのか、はたまた手練手管であるのか……おっと、こういうのは表情に出てしまう。老酒を半分だけ飲む。
「社長とは、金剛基地からのクサイ付き合いってやつでなあ」
金剛基地?
「ああ、金剛山にあった、大阪ローカルの研究施設だった?」
「はい、主体は東大阪のオッサンの地味な研究所だったんですがね」
「わしも知ってる、OS基地が正式名称。Operating Systemの開発ベースだろ」
村長が膝を向ける。
「アハハ、オッサンのOとSだ」
「なんだ、アハハ」
「尾籠な話だが、社長はションベンの仕方がきれいでねえ」
「あ、そういう恥ずかしい話は……アワワ」
「かまわん、シゲ、話せ!」
嫌がる社長にヘッドロックをかませ、シゲさんを急かせる村長。いやあ、袖からはみ出る二の腕は赤松の根っこみたいだ。
「アサガオに打ち込む放物線が実に綺麗で『そんなに几帳面にやってちゃ、肩がこるだろ』って言ったら『あ、これが普通なんで』って頭を掻きやがる。変わった奴だと思ったけど、付き合ってると、この人の地だって分かって、分かった時には子分になってた」
「あ、僕はシゲさんを子分だなんて、思ってないから(;'∀')」
「いやあ、アハハ、みんな自発的に子分になっちまう」
「いやあ、そうだそうだ、そういうのが西ノ島全体にいい雰囲気を醸し出してると、主席としても感服してますよ」
「よしてください、照れます」
顔を赤くして、壁を塗るように手を振る。
「いちど、聞こうと思っていたんだが」
「はい、なんですか、村長?」
「ヒムロ社長、おまえの体には、日本のインペリアルの血が流れてるって、ほんとうか?」
村長が切り出すと、主席も口のところまで持ってきていた杯を卓の上に戻した。
兵二もサブも、この話題は初めてなのか、ちょっと真顔になって社長に注目した。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
- 村長 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地