鳴かぬなら 信長転生記
フィフティーン:フォーティー! マッチ ウォン バイ 信長!
利休の声と手が上がって、俺の勝利が確定した。
「くそ!」
「かたちにこだわり過ぎるんだ、織部は」
両膝に手をついて悔しがる織部に武蔵は容赦がない。
「武蔵、おまえの言う通りだが、押さえてやれ、これ以上挑まれてもかなわんからな」
「う、美しく勝たなければ意味がありません」
もう、それには応えずに、俺はベンチに麦茶を飲みに行く。
カポーーン カポーーン
隣のコートでは、信玄と謙信がスコートを翻しながら、フィフティー:フィフティーから動かない勝負を続けている。
信信コンビのテニスは変則的なルールで、どちらかがハンドレッドになるまで止められない。
「いつか、ラブ:ハンドレッドで下してやる!」
信玄も謙信も同じことを言う。
いわば、テニスのデスマッチで、けして利休は、この二人の審判はやらない。
審判をやらされるのは、対外試合で三回負けの込んだテニス部員が『集中力の鍛錬』という名目でやらされる。
二人が戦うコートはBコートに定まっているのだが、いつの間にか『川中島』の異名で通るようになってきた。
放課後の短い部活の時間で収まるわけもなく、たいていは下校時間を告げるチャイムでドローに終わる。
例外は、学校近くの民家で火事が起こって、逃げ遅れた子供を助けるために中断した時と、事務の連絡ミスで、コートの改良故事にやってきた業者が苦情を言った時という外部要因だけであったそうな。
今日も下校のチャイムが鳴るまで続くのかと思ったが、予想外の外部要因がデスマッチを止めた。
「「決まったか!?」」
同時に外部要因に気が付いて、試合が中断。真ん中の審判席で、デスマッチを覚悟していたテニス部員が胸をなでおろす。
その外部要因は、端正に制服を着こなし『生徒会』の腕章を付けた執行部の石田三成だ。
「部活中すみみせん、お申し出の臨時予算執行についての結論が出ましたので、お知らせに上がりました」
見ようによっては学院一の知性派美少女と言われる三成は、美しいだけに余計に強調される冷たい表情で切り込んでくる。
「しかたがない、五人ともというのは、こちらも無理な要求だったかもしれん。謙信、人数を絞ろう」
信玄は謙信を促して、三成と利休が顔を突き合わせているベンチに向かう。
さて、今度は人選で揉めることになるか……ここは、先輩である信信コンビに譲らざるをえないかと、二人に倣う。
「みんな、事態は予想の斜め上をいってるみたいよ……石田さん、ここは、あなたから言ってもらえるかしら」
「承知しました」
三成は、俺たちに正対すると、丁寧に頭を下げる。頭を下げてはいるのだが、どことなくイラっとさせる。
ま、いまは置いておこう。問題は三成が持ってきた結論だ。
「お申し越しの『校外視察』に出せる予算はありません」
「三成、それは、わたしたちも分かっている。三人分、いや、二人分でも手を打とう。校外視察は、この扶桑には緊急的に必要なんだよ」
謙信が優しく言うが、三成は斟酌することなく、あとを続ける。
「三国志の世界は、広さも深さも扶桑の百倍を超えるとも言われています。たとえ一人分であろうとも、その経費は延べ百人分を超えます」
それはそうだろう、三国志の情勢を見極めるには、守勢に立つにせよ攻勢に出るにしろ、それぐらいの時間はかかる。
しかし、三国志の攻勢を傍観していれば、学院を、いや、扶桑そのものを失うことになるかもしれない。それは、まだ言うわけにはいかないがな。
「なんとかならんか」
「ことは、当学院の範疇を超えております。扶桑全体で対応すべき案件であると思います。信玄さん」
「扶桑全体に広げてしまえば、予期しない混乱と動揺を引き起こしてしまう。うちだけで処理しなければ禍根を残す」
「そう、申されましても、わたしは、本校生徒会の一執行部員に過ぎません。これ以上の返答は、分を超えるばかりではなく、無責任であります」
事の性格から、生徒会には校外視察としか申し出ていない。
三国志の方に侵略意図があって、武装した偵察隊が出ているとか、袁紹のように実力行使に出てくる者がいることは伏せてある。
「申し訳ありませんが、わたしは、通達を申し上げにきたのであって、議論する権限はありません」
「三成」
「では、これにて失礼いたします」
ペコリと頭を下げると、回れ右をしてコートの出口に向かう。
ガチャリ
いつの間にか外に出ていた武蔵が、抜き身を構えて三成の鼻先に突き付けた。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本武蔵 孤高の剣聖