大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 39『テニスコートの誓い・1』

2021-10-19 15:20:19 | ノベル2

ら 信長転生記

39『テニスコートの誓い・1』  

 

 

 フィフティーン:フォーティー! マッチ ウォン バイ 信長!

 利休の声と手が上がって、俺の勝利が確定した。

「くそ!」

「かたちにこだわり過ぎるんだ、織部は」

 両膝に手をついて悔しがる織部に武蔵は容赦がない。

「武蔵、おまえの言う通りだが、押さえてやれ、これ以上挑まれてもかなわんからな」

「う、美しく勝たなければ意味がありません」

 もう、それには応えずに、俺はベンチに麦茶を飲みに行く。

 

 カポーーン カポーーン

 

 隣のコートでは、信玄と謙信がスコートを翻しながら、フィフティー:フィフティーから動かない勝負を続けている。

 信信コンビのテニスは変則的なルールで、どちらかがハンドレッドになるまで止められない。

「いつか、ラブ:ハンドレッドで下してやる!」

 信玄も謙信も同じことを言う。

 いわば、テニスのデスマッチで、けして利休は、この二人の審判はやらない。

 審判をやらされるのは、対外試合で三回負けの込んだテニス部員が『集中力の鍛錬』という名目でやらされる。

 二人が戦うコートはBコートに定まっているのだが、いつの間にか『川中島』の異名で通るようになってきた。

 放課後の短い部活の時間で収まるわけもなく、たいていは下校時間を告げるチャイムでドローに終わる。

 例外は、学校近くの民家で火事が起こって、逃げ遅れた子供を助けるために中断した時と、事務の連絡ミスで、コートの改良故事にやってきた業者が苦情を言った時という外部要因だけであったそうな。

 今日も下校のチャイムが鳴るまで続くのかと思ったが、予想外の外部要因がデスマッチを止めた。

「「決まったか!?」」

 同時に外部要因に気が付いて、試合が中断。真ん中の審判席で、デスマッチを覚悟していたテニス部員が胸をなでおろす。

 その外部要因は、端正に制服を着こなし『生徒会』の腕章を付けた執行部の石田三成だ。

「部活中すみみせん、お申し出の臨時予算執行についての結論が出ましたので、お知らせに上がりました」

 見ようによっては学院一の知性派美少女と言われる三成は、美しいだけに余計に強調される冷たい表情で切り込んでくる。

「しかたがない、五人ともというのは、こちらも無理な要求だったかもしれん。謙信、人数を絞ろう」

 信玄は謙信を促して、三成と利休が顔を突き合わせているベンチに向かう。

 さて、今度は人選で揉めることになるか……ここは、先輩である信信コンビに譲らざるをえないかと、二人に倣う。

「みんな、事態は予想の斜め上をいってるみたいよ……石田さん、ここは、あなたから言ってもらえるかしら」

「承知しました」

 三成は、俺たちに正対すると、丁寧に頭を下げる。頭を下げてはいるのだが、どことなくイラっとさせる。

 ま、いまは置いておこう。問題は三成が持ってきた結論だ。

「お申し越しの『校外視察』に出せる予算はありません」

「三成、それは、わたしたちも分かっている。三人分、いや、二人分でも手を打とう。校外視察は、この扶桑には緊急的に必要なんだよ」

 謙信が優しく言うが、三成は斟酌することなく、あとを続ける。

「三国志の世界は、広さも深さも扶桑の百倍を超えるとも言われています。たとえ一人分であろうとも、その経費は延べ百人分を超えます」

 それはそうだろう、三国志の情勢を見極めるには、守勢に立つにせよ攻勢に出るにしろ、それぐらいの時間はかかる。

 しかし、三国志の攻勢を傍観していれば、学院を、いや、扶桑そのものを失うことになるかもしれない。それは、まだ言うわけにはいかないがな。

「なんとかならんか」

「ことは、当学院の範疇を超えております。扶桑全体で対応すべき案件であると思います。信玄さん」

「扶桑全体に広げてしまえば、予期しない混乱と動揺を引き起こしてしまう。うちだけで処理しなければ禍根を残す」

「そう、申されましても、わたしは、本校生徒会の一執行部員に過ぎません。これ以上の返答は、分を超えるばかりではなく、無責任であります」

 事の性格から、生徒会には校外視察としか申し出ていない。

 三国志の方に侵略意図があって、武装した偵察隊が出ているとか、袁紹のように実力行使に出てくる者がいることは伏せてある。

「申し訳ありませんが、わたしは、通達を申し上げにきたのであって、議論する権限はありません」

「三成」

「では、これにて失礼いたします」

 ペコリと頭を下げると、回れ右をしてコートの出口に向かう。

 ガチャリ

 いつの間にか外に出ていた武蔵が、抜き身を構えて三成の鼻先に突き付けた。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本武蔵        孤高の剣聖
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はるか・5『キャリアのトコさん』

2021-10-19 06:32:12 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・5

『キャリアのトコさん』  




「あら、映画行ったんじゃないの?」

 お皿を洗う手を止めて、お母さんが聞いた。

「うん、映画だと着替えて行かなきゃなんないし。たまにはお客さんで来ようって。ね、由香」
「こんにちは、おじゃまします」

 わたしは映画をやめて、由香を誘って志忠屋へ初めてお客としてやってきた。

「シチューは、もう切れてるけど日替わりやったらあるで。はい、おまち。本日のラストシチュー」
「ごめんね、わたしがラストのオーダーしてしもたから」

 キャリアっぽい女の人が、すまなさそうに言った。

「いいえ、わたしたち日替わりでいいですから(^_^;)」
「はい」

 二人でパーにした手をハタハタと振る。

「アフターで、アイスミルクティーお願いします」
「このオバチャンやったら気ぃ使わんでええから」
「気ぃも、オバチャンも使わんといてくれます。」

 と、キャリアさん。

「紹介しとくわ、これがさっき噂してた文学賞のホンワカはるか」
「トモちゃんの娘さん? さっき作品読ませてもろてたとこよ」

 もう、お母さんたら。ただの佳作なんだよ、佳作ゥ!

「で、ポニーテールのかいらしい子が、友だちの由香ちゃん。黒門市場の魚屋さんの子ぉ」
「ども……」
 
 カックンと二人そろって頭を下げる。

 もっと、きちんと挨拶しなきゃいけないんだけど、このキャリアさんはオーラがあって気後れしてしまう。カウンターの中から「よろしく」って感じで、お母さんがキャリアさんに目配せ。

「この、オ……ネエサンは、大橋の教え子で叶豊子、さん」
「トコでええよ」
「大橋先生に習ってらっしゃったんですか?」
「うん、三年間クラブの顧問」
「昔から、あんなコンニャクだったんですか!?」
「プ、コンニャク!?」

 それから、しばらく大橋先生をサカナにして、五人はしゃべりまくった。

 昔は怖い先生だったようだ。部活中に引退した男子部員とケンカして二十八人いた部員が、ケンカし終わったら三人に減ってしまい、やけくそで書いた作品が近畿の二位までいったこと。気合いの入っていない稽古ではスリッパを飛ばしていたこと。字は今よりもヘタクソだったこと……など。いずれも今の先生からは「ヘー!?」と「ナルホド」であった。

「どうして、あの先生は、小汚いキャップを被ってるんですか?」

 わたしが聞く前に、由香に聞かれてしまった。
 わたしは、先回りして事情を説明した。

「ちょっと脚色しとるなあ」

 営業中の札を準備中に裏返して、タキさんは続けた。

「あれは、昔、棚橋いう連れと三人で自衛艦の見学にいったんや。ほんなら、棚橋が、船のナンバーと同じ百十六番目の客でな、その記念に棚橋が艦長さんからもらいよってな、それを欲しそうな顔してせしめよったんや」
「なんだ、じゃあ、友だちが死んだってのも……」
「そら、ほんまや。棚橋は、この店の初代のオーナーや。五年前に若死にしよってな。で、オレはこの店受け継いで……」

 しばしの沈黙のあと……。

「先生は帽子を受け継いだんですねぇ……」

 由香は、早手回しにロマンチストになっていた。

「じゃあ、ヤンキースのスタジャンは?」
「あれ、なかなかシブイですよね」

 お母さんが合いの手。

「あいつは、野球がキライやねん」
「ええ!」
 
 と、トコさんを除いた女三人

「阪神が優勝したときにね、この店でみんなで盛り上がって、先生一人ハミゴになってしもて」

 トコさんがクスクス笑いながら言った。

「ハミゴってなんですか?」
「ハミダシッ子いう意味」

 トコさんが、自ら翻訳してくれた。

「で、次来たときにはあれ着とった。シニカルなやっちゃ」
「ヤンキースファンなんて、まずいないでしょうからね」

 と、お母さん。しばらく、大橋先生の棚卸しは、終わらなかった。

 トコさんは、話しているうちに高校生みたくなってきて、というか、わたしたちが慣れちゃって、ちょっと上の先輩と話しているような気になって、メルアドの交換までしちゃった。

「うちの店で、買うてもろたら、サービスさせてもらいますよ」

 由香は、ちゃっかりお店の宣伝。店の写メまで見せてる。

「わ、大きなお店!」
「……の、隣です」
「ハハ、今度寄らせてもらうわ」
「まいど!」
「はるかちゃん、台本見せてくれる」
「はい、これです」
「わあ、ワープロや! 昔は先生の手書きやった」
「そら、読みにくかったやろ」

 タキさんが、チャチャを入れる。

「慣れたら、味のある字ぃですよ。わ、香盤表(こうばんひょう)と付け帳は昔のまんま」
「大橋、エクセルよう使わんもんなあ」

 後ろで、お母さんが笑ってる(お母さんもできないもんね)

「あ、はるかちゃんの、カオル役はお下げ髪やねんね」
「はい。それが?」
「先生、お下げにしとくように言わはれへんかった?」
「いいえ」
「昔、メガネかける役やったんやけど、一月前から度なしのメガネかけさせられたよ。役はカタチから入っていかなあかん言われて」
「そうや、はるか、お下げにしよ!」

 由香が調子づいた。

「うん、やってみよう。はるかのお下げなんて、小学校入学以来だもん!」

 お母さんまで、はしゃぎだした。
 あーあ、わたしはリカちゃん人形かよ……。

「はい、できあがり」

 と、お下げができたとき、トコさんのケータイが鳴った。

「……はい、分かりました。木村さんですね。すぐ行きます。ううん、ええんですよ。こういう仕事やねんか ら。ほんなら、また。あたし木曜日が公休で、月に二回ぐらい、ここにきてるさかい、また会いましょね」

 トコさんは、キャリアの顔に戻って、店を出て行った。

 かっこいい……。

 わたしの網膜には、しばらくトコさんの残像が残った。

「あいつも、損な性分や」
「トコさん、なにしてはるんですか?」
「理学療法士……のエキスパート」
「ああ、リハビリの介助やったりするんですよね?」
「あいつは、訪問で、リハビリもやって、病院勤務もやって、非常勤で理学療法の講師までこなしとる。今日も休みやねんけどな、ああやって言われると、救急車みたいにすっ飛んで行きよる。で、月に二度ほど、ここに来て毒を吐いていくいうわけや」
「今日は、あなたたちが毒消しになったわね」

 と、毒が言った。

 

 『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第13章』より

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