やくもあやかし物語・105
椅子の上から引き出しの中を覗き込むようにして固まっていた。
チカコの元々の姿は左手首だけの妖。
それでは不便みたいなので『俺の妹がこんなに可愛いわけがない!』の黒猫のフィギュアに憑りついている。
1/12サイズなので、外に出る時はポケットとかカバンの中に潜り込んでいる。
家にいる時はネットで買ってあげた1/12サイズの六畳間にコタツを置いて、そこで本を読んだり、ボーっとしたりしている。
それがデフォルトみたくなっていたので、椅子の上から引き出しを覗き込んでいる姿は、ちょっと不気味。
「チカコ」
ポテ
声を掛けると、座った姿勢のままポテっとこけてしまった。
「ちょっと、だいじょうぶ?」
「あ、あ、おかえり(;'∀')」
起き上がると、いつものチカコに戻ったけど、左手首が無い。
「左手首がないわよ」
「え……あ、ほんとだ!?」
黒猫は可動式のフィギュアで、手首や足首はハメ込み式なのだ。
「落っことしたかなあ……」
椅子の上や床の上を見るけど見当たらない。
もしやと思って半ば開きっぱなしの引き出しを見ると、鬼の手がプルプルと震えている。
ひょっとして……鬼の手をどけると、伏せた手の下で、精一杯突っ張ている小さな左手首があった。
「はやく、付けて!」
「う、うん」
拾って付けてやると、ホッとした顔になって、ピョンと飛び上がってコタツの中に潜り込んで首だけ出した。
「引き出し締めてくれる」
「いいけど、チカコ、自分で開けたんでしょ」
「ちがう、勝手に開いたのよ。それで、閉めなくっちゃって、椅子のとこまで下りたら、グワってきて、金縛りみたくなってしまったのよ……」
「なにか見えたの?」
「ちょっと、いろいろね……」
「うん…………?」
覗き込んでみると、開いた鬼の手のひらにシミのようなモノが浮かび出て、洗濯機の底のようにグルグル渦巻いた……そして底が抜けるような感じがしたかと思うと、一気にシミはマーブル模様の闇に広がって、なんだか虫のように蠢くものが絡み合って浮き出してきた。
ワッ……(‘꒪д꒪’)!!
分かってしまった、それは、今まで鬼が食いためた妖たちや妖になりかけた人の怨念だ!
「怨念だけど、これが、願い事を叶えるとかのエネルギーの源になっているのよ」
「だったら、願い事をするまで封印とかしといたほうが良くない?」
「そうなんだけどね……一匹だけ目が合ってしまったみたいなの……」
「目が合ったら、どうなるの……?」
「縁(えにし)ができてしまう……いや、もうできてしまったかもしれない。やくもが戻ってくるまで金縛りになってしまったから」
「その妖って……」
「こんなやつ……」
スラスラと空中に字を書くチカコ……ちょっと達筆すぎて読めない(^_^;)
「もう……今の子は楷書でないと読めないのね」
達筆のを消すと、改めて楷書で書いてくれる。
六条御息所
「ろくじょうおいきところ? ごそくしょ?」
「ろくじょうのみやすどころ」
「なに、それ?」
「ひとまず、引き出しを閉じて、ゆっくりと説明してあげるから……」
「う、うん」
ピシャン
ひょっとしたら、鬼の手が邪魔するかと思ったけど、わりと普通に引き出しは閉められた。
わたしは椅子に腰かけて、チカコはコタツに入ってレクチャーが始まった。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手