大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語・105『引き出しの中のそいつ』

2021-10-07 12:24:25 | ライトノベルセレクト

やく物語・105

『引き出しの中のそいつ』   

 

 

 椅子の上から引き出しの中を覗き込むようにして固まっていた。

 

 チカコの元々の姿は左手首だけの妖。

 それでは不便みたいなので『俺の妹がこんなに可愛いわけがない!』の黒猫のフィギュアに憑りついている。

 1/12サイズなので、外に出る時はポケットとかカバンの中に潜り込んでいる。

 家にいる時はネットで買ってあげた1/12サイズの六畳間にコタツを置いて、そこで本を読んだり、ボーっとしたりしている。

 それがデフォルトみたくなっていたので、椅子の上から引き出しを覗き込んでいる姿は、ちょっと不気味。

「チカコ」

 ポテ

 声を掛けると、座った姿勢のままポテっとこけてしまった。

「ちょっと、だいじょうぶ?」

「あ、あ、おかえり(;'∀')」

 起き上がると、いつものチカコに戻ったけど、左手首が無い。

「左手首がないわよ」

「え……あ、ほんとだ!?」

 黒猫は可動式のフィギュアで、手首や足首はハメ込み式なのだ。

「落っことしたかなあ……」

 椅子の上や床の上を見るけど見当たらない。

 もしやと思って半ば開きっぱなしの引き出しを見ると、鬼の手がプルプルと震えている。

 ひょっとして……鬼の手をどけると、伏せた手の下で、精一杯突っ張ている小さな左手首があった。

「はやく、付けて!」

「う、うん」

 拾って付けてやると、ホッとした顔になって、ピョンと飛び上がってコタツの中に潜り込んで首だけ出した。

「引き出し締めてくれる」

「いいけど、チカコ、自分で開けたんでしょ」

「ちがう、勝手に開いたのよ。それで、閉めなくっちゃって、椅子のとこまで下りたら、グワってきて、金縛りみたくなってしまったのよ……」

「なにか見えたの?」

「ちょっと、いろいろね……」

「うん…………?」

 覗き込んでみると、開いた鬼の手のひらにシミのようなモノが浮かび出て、洗濯機の底のようにグルグル渦巻いた……そして底が抜けるような感じがしたかと思うと、一気にシミはマーブル模様の闇に広がって、なんだか虫のように蠢くものが絡み合って浮き出してきた。

 ワッ……(‘꒪д꒪’)!!

 分かってしまった、それは、今まで鬼が食いためた妖たちや妖になりかけた人の怨念だ!

「怨念だけど、これが、願い事を叶えるとかのエネルギーの源になっているのよ」

「だったら、願い事をするまで封印とかしといたほうが良くない?」

「そうなんだけどね……一匹だけ目が合ってしまったみたいなの……」

「目が合ったら、どうなるの……?」

「縁(えにし)ができてしまう……いや、もうできてしまったかもしれない。やくもが戻ってくるまで金縛りになってしまったから」

「その妖って……」

「こんなやつ……」

 スラスラと空中に字を書くチカコ……ちょっと達筆すぎて読めない(^_^;)

「もう……今の子は楷書でないと読めないのね」

 達筆のを消すと、改めて楷書で書いてくれる。

 

 六条御息所

 

「ろくじょうおいきところ? ごそくしょ?」

「ろくじょうのみやすどころ」

「なに、それ?」

「ひとまず、引き出しを閉じて、ゆっくりと説明してあげるから……」

「う、うん」

 ピシャン

 ひょっとしたら、鬼の手が邪魔するかと思ったけど、わりと普通に引き出しは閉められた。

 わたしは椅子に腰かけて、チカコはコタツに入ってレクチャーが始まった。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手
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ライトノベルベスト『同じ空気』

2021-10-07 06:12:47 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『同じ空気』  

              


 
 同じ空気を吸うのもイヤ!
 
 ガチャ! バタム!!

 一美は、そういうと思い切りよく助手席のドアを開け、その倍くらいの勢いで閉めた。
 拓磨は、ビックリ金魚みたいな顔をしたが、追ってこようとはしなかった。

「おれ、今度転勤なんだ……」
 
 ついさっきの、拓磨の言葉が蘇る。
 
「え……どこに?」

 そう聞いたときには、もう半分拒絶していた。
 
「大阪支社に」
「ゲエエエ!」
 
 この答には、吐き気すら覚えた。
 
 あたしは大阪が嫌いだ。学生時代のバイト先の店長が大阪の人間で、何かというとセクハラ寸前の行為に出てきた。
 
「まあ、メゲんと気楽にいきいや」
 
 最初に仕事で失敗したとき、そう言って慰めてくれた。わたしは大阪弁の距離感の近さが嫌いだったけど、この時の店長の言葉は優しく響いた。
 
 でもあとがいけない。
 
 肩に置いた手をそのまま滑らして、鎖骨からブラの縁が分かるところまで、撫で下ろされた。鳥肌が立った。狭い厨房ですれ違うときも、あのオッサンは、わざとあたしの背中に体の前をもってくる。お尻に、やつの股間のものを感じたとき。わたしは自分の口を押さえた。押さえなければ営業中のお店で、わたしは悲鳴をあげていただろう。
 
「パルドン」
 
 オッサンは、気を利かしたつもりだろうが、大阪訛りのフランス語で、調子の良い言葉をかけてきた。

 もともと吉本のタレントが東京に進出し、ところかまわず、大阪弁と大阪のノリで麗しい東京の文化を汚染することに嫌気がさしていた。で、そのバイトは一年で辞めた。
 
 先日アイドルグループ子が「それくらい、言うてもええやんか」と、下手な大阪弁で、MCの言葉を返すのを見て。ファンである拓磨にオシヘンを強要したほどだ。
 
 こともあろうに、その拓磨が、大阪に転勤を言い出す。とても許せない。

 夕べ夢に天使が現れた。で、こんな嬉しいことを言ってくれた。

「明日、あなたの望むことが、一つだけ叶うでしょう……♪」
 
 で、あたしは、今日のデートで、拓磨がプロポーズしてくるものと一人決め込んでいた。
 
 それが、よりにもよって、大阪転勤の話!
 
 拓磨とは、大学の、ほんの一時期を除いて、高三のときから、七年の付き合い。そろそろ結論を出さねばならない時期だとは、両方が思っていた……多分。

「あたしと、仕事とどっちが大事なのよ!」

 そういうあたしに、拓磨は、ほとんど無言だった。気遣いであることは分かっていた。
 
「一度口にした言葉は戻らないからな」
 
 営業職ということもあるが、日常においても、拓磨は自然な慎重さで言葉を選び、自分がコントロールできないと思うと、口数が減るようになった。でもダンマリは初めてだ……。

 せめて後を追いかけてくるだろうぐらいには思っていた……のかもしれない。

 一美は、港が一望できる公園から出ることができなかった。出てしまえば、この広い街、一美をみつけることは不可能だろうから。
 
 一美自身、後から後から湧いてくる拓磨との思い出を持て余していた。
 
 拓磨とつきあい始めたのは、荒川の土手道からだった。当時のあたしはマニッシュな女子高生で、同じクラスの拓磨と、もう一人亮介というイケメンのふたりとつるんでいた。
 
 そう、付き合いなどというものではなかった。いっしょにキャッチボールしたり、夏休みの宿題のシェアしたり、カラオケやらボーリングやら。ときどき互いの友だちが加わって四人、五人になることはあったが、あたしたち三人は固定していた。

 そんなある日の帰り道、拓磨の自転車に乗っけてもらったら、急に拓磨が言い出した。

「おれたち、同じ空気吸わないか?」

「え、空気なんてどれも同じじゃん。ってか、いつも同じ空気吸ってるじゃん」
「ばーか、同じ空気吸うってのはな……」
 
 拓磨の顔が寄ってきて、唇が重なった。で、あいつはあたしの口の中に空気を送りこんできた。
 
 あたしは、自転車から転げ落ちてむせかえった。
 
「一美、大げさなんだよ。どうだ、おれの空気ミントの味だっただろ?」
「そういうことじゃなくて……」
 
 あとは、言葉にならなくて涙になった。
 
「一美……ひょっとして、初めてだった?」
「う、うん……」
「ご、ごめんな……」

 そんなこんなを思い出していたら、急に拓磨のことがかわいそうになってきた。
 
「拓磨……」
 
 一言言葉が漏れると走っていた。

 車は、さっきと同じ場所にあった。でも様子が変だ……。
 
「拓磨!」
 
 拓磨は、運転席でぐったりしていた。
 
 一美は急いで車のドアを開けた。
 
「う、臭い!」
 
 車の中は排気ガスでいっぱいだった。
 
「な、なんで、どうして!?」

 すると、頭の中で天使の声がした。

『だって、言ったじゃない「同じ空気を吸うのもイヤ!」って』

「そんな意味じゃ無い!」

 あたしは救急車を呼ぶと、一人で拓磨を車から降ろし、人工呼吸をはじめた。中学で体育の教師をやっているので救急救命措置はお手の物である。

――いま、あたしたち、同じ空気吸ってるんだから、がんばれ拓磨!――

 拓磨の口は、あの時と同じミントの香りがした……。
 
 
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