RE・友子パラドクス
聖橋の手前で横断歩道を渡るアズマッチ。
すぐに信号が黄色になったせいか気後れしたのか、杏は渡らずにそのまま聖橋に。
紀香と友子は、杏の後ろ、電柱一つ分空けてつけている。
「聖橋には力があるんだ」
「そうなの?」
「ああ、ここはニコライ堂と湯島聖堂二つの聖地を結ぶ橋なんだ。関東大震災の後に作られた橋だが、百年にわたって聖地を繋いでいるうちに力を持った……ほら、アズマッチ立ち止まった」
杏も、こちら側の歩道で立ち止まり半身になって橋の下の神田川に目を落としている。
「同じ側に居たら、一気に進むんだがな……『君の名は』を知ってるだろ」
「ああ、いいアニメだったわね」
「プ、それじゃないラジオドラマの方だ」
紀香からラジオドラマと後に映画化された情報が送られてきた。
空襲で出会った男女が戦後数寄屋橋の上で再開し、もつれながら進んで行くラブロマンスだ。放送時間になると風呂屋の女湯が空になったという伝説の物語だ。
「そして、ニコライの鐘で啓示も与えてある。仕掛けは十分、互いに気付けば、ここから恋が始まる」
「そうか、さすがに先輩」
友子はアズマッチのノッキー先生への想いにばかり気を取られていたが、逆もあるのだ。
杏子は、一年の時に担任をしてもらって以来アズマッチに想いを寄せていたのだ。
二年の時には担任をはずれ、授業で会うだけだったが、今年に入ってアズマッチは一年を受け持つようになって授業で会うこともできない。もう半年もすれば自分は乃木坂を卒業してしまう。
それまでは、時どき校内で会うだけで我慢していたが、アズマッチがどうやら柚木先生が好きなんだということに気付いて、矢も楯もたまらなくなってきたんだ。
「でも、アズマッチの方は?」
「教師としては心がけのいい人だ」
「そうか……」
ゴォォォォォォ
上りの電車が橋の下を通過する。
電車を追った二人の視線が絡みそうになったが、ちょうど通りかかったバスに遮られ、通過した時にはアズマッチはもう歩き出していた。
橋を渡って、湯島聖堂脇のお茶の水公園。
ベンチにでも腰掛ければ仕掛けもできるのだが、日常的にショートカットに使っているだけなのだろう、スタスタと公園を斜めに進んで行く。
「このままじゃ、家に付いてしまう」
家にまで付いていく勇気は杏にはない。
もう、どこでUターンして帰ってもおかしくない――なにやってんだろ、わたしは(-_-;)――そう思い始めている。
公園を抜けると神田明神の大鳥居。
鳥居横の饅頭屋の匂いに鼻をひくつかせるが、そのまま隋神門を潜って境内に。
知り合いなんだろうか、境内を掃除している巫女さんと笑顔の交換。
杏子の心がチリっと痛む。
――あんな笑顔、わたしに向けてくれたことはない――
軽く拝殿に一礼すると祭務所の角を曲がって男坂。
ここを下ったら一本道で、アズマッチの家だ。家にまで付いていく勇気は杏には無い。
放っておいたら、ストーカーまがいのことをやった自己嫌悪で、もうアズマッチに近づくこともやめてしまうだろう。
「イチかバチかだ」
そう言うと紀香は拝殿に一礼し、男坂を下りつつある二人の後ろに立った。
「息を合わせろ」
同時に友子に目配せすると、二人そろって杏の背中に息を吹きかける。
距離およそ8メートル、教室の後ろから前の黒板までの距離に等しい。
フゥーーーー!
「あ!?」
「わ!?」
突然の突風にバランスを崩した杏子は、そのまま男坂を転げ落ちる!
「ウワアア!」「キャーーー!」
気配に気づいたアズマッチは振り返り、辛うじて受け止めたが、勢いで下の踊り場まで駆け下って尻餅をついた。
「すみません(;゚Д゚#)」「い、痛ぇ……え、え? 中村じゃないか?」
杏は無事だったが、アズマッチは杏をかばって脚を痛めてしまった。
悲鳴と物音に気付いた巫女さんがすぐに救急車を呼んでくれた。
「やっと落ち着くところに落ち着いたぁ(^_^;)」
救急車を見送りながら胸をなでおろす紀香。
ここに至って、ようやく思った。
なんで、ここまで、アズマッチの恋に関わったんだろう……それも、ノッキーと中村杏限定で?
☆彡 主な登場人物
- 鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
- 鈴木 一郎 友子の弟で父親
- 鈴木 春奈 一郎の妻
- 鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
- 白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
- 大佛 聡 クラスの委員長
- 王 梨香 クラスメート
- 長峰 純子 クラスメート
- 麻子 クラスメート
- 妙子 クラスメート 演劇部
- 水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル