巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記
文化祭に続いて体育祭も無事に終わった十月第二週の一時間目。
授業にやってきた杉野先生が、教壇にも立たずに教室の入り口で告げた。
「いまから、臨時の全校集会だからグラウンドに集合、すぐに移動して」
同時に教頭先生の声で『一時間目は臨時の全校集会になります、生徒諸君はグラウンドに集合してください。下足には履き替えず上履きのままで集合しなさい』と同じ内容を放送。杉野先生はセカセカした足取りで帰って行ってしまった。
「一年四組の栗原恵さんが、先月の26日に亡くなられました」
ええ…………!?
声が上がるわけじゃないんだけど、大方の生徒たちから驚きの気が立ち昇る。
「栗原さんは、健康診断で異常が発見され病院にいきましたが、少し重篤な病気が発見されました。病院は、ただちに入院し治療にあたることを勧めましたが、学校が大好きな栗原さんは、学校に通いながら治療する道を選び、9月25日まで通学されました。ご両親やお医者様たちが懸命の治療に当られましたが、薬石功無く、9月26日早朝、ご両親に見守られながら永眠されました。学校へは、その日のうちに連絡がありましたが、文化祭体育祭を控え、生徒諸君も準備に忙しく、また楽しみにしているということで、ご本人の強い意志で体育祭が終わるまで発表を控えておりました……」
そこまで教頭先生が説明すると、四組の列からはすすり泣きの声が上がり、中にはしゃがみ込んで立ち上がれない女子も居る。
花園先生と保健室の村田先生が列の中に入って声をかけている。
四組の生徒も知らされていなかったんだ。
治るって言ってたから……戻って来るって……大丈夫だって……なんで……どうして……嗚咽しながらの声がわたしたちの列にまで聞こえる。
花園先生がジュリエットを演ったわけが分かった。
――わたしは、もうできないけど、文化祭、成功させてくださいね――
苦しい息の下、栗原さんは花園先生に頼んだんだ。
――先生がジュリエット演ったら、みんな喜ぶと思います……わたしも観てみたいし……――
それで、花園先生、急きょジュリエットをやることになったんだ……体育館のギャラリーでご両親が観ていたのは、そういうことだったんだ……。
「それでは、栗原さんのご冥福を祈って一分間の黙とうを捧げます」
1200人の生徒が居住まいを正した。
「黙祷!」
すこし気合いの入った声で号令をかける教頭先生。
――細かい説明は後日にしましょう――はい、生徒たちも動揺していますんで――
校長先生と花園先生とのやりとり、朝礼台の教頭先生にもヒソヒソと伝えられて、三人の学年主任の先生にも申し送られる。
「黙祷終わり……それでは、教室に戻って一時間目の授業になります。午前中の授業は五分短縮の45分、午後は通常の50分授業になります。では、一年生から教室に戻ってください」
教頭先生の言葉に生指部長の若杉先生が続く。
「グランドから出る時、上履きの泥を落として、校舎に入る時も、もう一度泥に気を付けるように」
杉野先生は、ちょっと不満そうな顔で戻っていく――ちぇ、一時間目無くなると思ったのに――あいかわらず、授業のきらいな先生だ。
四組の女子たちは、泣きの涙、お互いに支え合いながら教室に戻っていく。
……お祖母ちゃん気が付いていたんだ……本番の時、ギャラリーに居るご両親に気付いていたし。
「今日は、もう自習な」
ひとこと言うと、杉野先生は教室に入りもしないで帰って行ってしまった。
すれ違いに花園先生が階段を上って来る。手に花瓶と栗原さんの写真が入った写真立て。
ちょっと持ちにくそう、杉野先生、知らんふりして……あ、花園先生よろめいた!
「持ちます」
気が付いたら、階段の踊り場まで出て花園先生を支える。
「あ、ありがとう時任さん」
「いいえ、どういたしまして」
四組は、一日授業にならなかった……授業に来た先生たちも、そっとしておいたり、自習にしたりしていた。
休み時間、職員室の前を通って愕然とした。
先生たちの話が聞こえてしまったんだ。
――じゃあ、やっぱり最後まで手術しなかったんですか――
――ええ、宗教上の理由で、身体にメスを入れられなくって――
――そんなことって……――
ええ!?
そこだけが聞こえて、あとの会話はくぐもって聞こえなくなった。
「ちょっと、メグリン、だいじょうぶですか?」
「え、ああ、ロコか(^_^;)」
「ボーっとしてぇ、魂ぬけたみたいですよぉ」
「え?」
あれ、職員室の前に居たはずなのに。
「あの……」
「なに?」
「一時間目も、いっしゅん消えたかと思ったら、花園先生の荷物持ってあげて前の廊下歩いてましたよ」
「あ、それは!」
「あ、ちょ……」
佳奈子が飛んできてロコを引っ張って行ってしまう。
窓際の席にお仲間が集まって、目が合うと「あははは(^_^;)」と困ったような笑顔を返してきた。
きょうのわたし、ちょっと不思議。
☆彡 主な登場人物
- 時司 巡(ときつかさ めぐり) 高校一年生
- 時司 応(こたえ) 巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
- 滝川 志忠屋のマスター
- ペコさん 志忠屋のバイト
- 猫又たち アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
- 宮田 博子(ロコ) 1年5組 クラスメート
- 辻本 たみ子 1年5組 副委員長
- 高峰 秀夫 1年5組 委員長
- 吉本 佳奈子 1年5組 保健委員 バレー部
- 横田 真知子 1年5組 リベラル系女子
- 加藤 高明(10円男) 留年してる同級生
- 藤田 勲 1年5組の担任
- 先生たち 花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀
- 須之内直美 証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
- その他の生徒たち 滝沢(4組) 栗原(4組)