鳴かぬなら 信長転生記
砂の大海タクラマカン砂漠が東の果てで転がり落ちたところに敦煌がある。
転がり落ちたところは砂まみれの崖のようになっていて、その崖に千年以上の長きにわたって石窟がが穿たれ、その数は大小合わせて七百を超える。
五百近くの石窟には精緻な仏教壁画や仏像群が残されており、石仏の最大のものは奈良の大仏の二倍もあるという。
「いやあ、この月牙泉も大したものッパ!」
頭の皿に水を補給しながら沙悟浄が感動する。
月牙泉は、敦煌石窟群のすぐ南にあって、三日月形の泉とそれを取り巻く緑の中に殿郭と塔が聳えて、東西の街道を往来する旅人のいい目じるしになっている。
「きれいな三日月の形ブヒ」
「ああ、シルクロードの果て、三国志の玄関口。たとえ砂まみれになろうと、その美しさを保とうというのは褒めてやっていいウキ」
俺は、物や人を見るに、その機能を第一とするが、機能を飾る設えにも大いに理解があるぞ。
安土城の壮麗さ、正親町天皇(おうぎまちてんのう)をお迎えしての京都御馬揃えのきらびやかさは美意識にうるさい都雀や伴天連のパードレどもも舌を巻いておった。
しかし、この敦煌はすごいぞ。
これから足を向けようと言う石窟群も楽しみだが、目の前に広がる月牙泉もなかなかのものだ。
陽関の城頭からも、はるかに塔の先端は見えていたが、その足もとにこれだけの緑と、その形も秀麗な三日月の泉を抱えているとは、なかなかのものだ。
「玉門関は武骨なオアシス城塞だったが、この敦煌は三国志の豊かさと奥の深さを感じさせる。西域から来た者は、さぞかし胸をうたれることだろう」
「沙悟浄、素に戻ってるブヒ」
「僅かな間だ、許せ……どうだ、この水の清冽なこと、器にすくえばそのまま飲めそうだ……兄曹操のことが片付いたら、西遊記のコスプレなど解いて訪れなおしたいものだな」
「解くわけにはいかんだろうが、少し変更したいウキ」
「「変更?」」
「ああ、玉門関から二度も三蔵……お師匠を拉致されているウキ、ちょっと手を打っておきたいウキ」
「どうするんだッパ?」
「一言主、起きておるか?」
緊箍児(頭の金輪)の一言主に話しかけると、小さく震える。
『なんじゃぁ、せっかく昼寝をしておったというのに……』
「俺を三蔵法師にしてくれ」
「「ええ?」」
『それは造作もないが、三蔵が二人になるぞ』
「かわりに三蔵は悟空の姿にするんだ」
「「ええ!?」」
『三蔵は馬に乗ってるだけだが、悟空は歩かなければならん。場合によっては走りもするだろうし、口も利かねばならんだろうし、ギミックが多すぎてたいへんじゃぞ』
「そこをなんとかしろ、俺は先手必勝でいくんだ」
「だいじょうぶかッパ?」
「ああ、敦煌は仏教遺跡だ。坊主が一人で見学していても不思議はない。二人は宿屋で待機していてくれ」
「ああ、かまわないが、なにかあったらすぐに呼んでくれッパ」
「気を付けて行くんだブヒ」
『ではいくぞ、信長、いや孫悟空』
「ああ」
『ひの……ふの……みっ!』
ボン!
「よし、どこから見ても三蔵法師だ。そっちは……?」
馬の上の三蔵も見たところ悟空そのものに変化(へんげ)して、一言主も悟空の頭に引っ越している。
「おい、馬から下りて歩いてみろブヒ」
『ウキキ』
猿語で返事するとかっこよく馬から……落ちた。
ドサ
「まあ、なんとかやってみるッパ、悟空も気を付けていけッパ」
「ブヒ」
「じゃあ、頼んだぞ」
俺は、ひとり別行動で石窟群を目指した。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主