ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第17話《ドッペルゲンガー》さくら
八畳の和室にお布団を三菱の形で並べてる。
頭を間近に付き合わせての寝物語は次第に怪しの雰囲気。
途中で絵里奈が北枕になっているのに気が付いたけど、黙ってる。
話が佳境に入ってきたのと、口に出して言うと怖くなるから。
「試合がフルセットまでいってヘゲヘゲの時に、相手のセッターの子がうちに見えてん……」
「え……」
「それって……」
「それがなぁ……そのもう一人のうちがやるようにセットしてボール上げたら、後ろの子がバックアタック決めてくれて、きれいに勝ててん。あとでビデオ見たら、相手のセッターは全然違う動きしてた」
「えと……」
まくさは、どう受け止めていいか戸惑ってる感じ。
「……その時の恵里奈って、瞬間的に未来の自分を見たのかもね」
「未来の自分か……」
「あ……うん、インスピレーションの一種的な?」
「インスピレーションかあ、なるほど」
ドッペルゲンガー……頭に浮かんだけど、言わなかった。
ドッペルゲンガーは、いわば自分の幽霊。口に出したら寝物語のヨタ話に真実味が出てきて、なんだかリアルになってしまいそうな気がする。
今月のわたしは、お父さんのまねき猫土偶とか、優奈の八百比丘尼の話とか、ちょっとオカルトめいている。
「こんな話もあるんだよ~」
わざと怖そうな言い方で怪談話をしてやる。あきらかな怪談話は、いかにも怪談話で嘘くさく、ドッペルゲンガーの真実性を洗い流してくれる。
ネットのコント番組で仕入れた話をすると、絵里奈もまくさも、少しビビって、あとは爆笑になって、わたしも笑って健やかに寝ることができた。
今朝は早起きして、朝食前にひとっ風呂。
今朝は早起きして、朝食前にひとっ風呂。
三人ともめったに朝風呂なんか入らないので、なんだかホワホワしてくる。
「お湯を通して見ると胸って大きく見えるんだね……」
「ど、どこ見とんねん!」
恵里奈は慌てて胸を隠した。
窓からの朝日は湯気のフィルターを通して、とても空気をソフトにしてくれる。この先の人生は、全て幸せに包まれているような気になって、つい、絵里奈のアレはドッペルゲンガーだったかもしれないと話してしまった。
「知ってるよぉ、ドッペルゲンガー見ると……見た話すると、体に悪いって言うよね?」
自信があるんだろう、まくさは、隠しもしないで聞いてきた。
「本によく書いてある。ドッペルゲンガー見ると体に変調が起きるって」
「あ、うち、そのあと盲腸で入院したわ!」
「盲腸の手術って、体の毛剃るんでしょ?」
「え、うん……こら、変なとこ見るんやない!」
結局は、お馬鹿な朝風呂になって、よきかなよきかな。
朝風呂は体にもいいようで、朝ご飯が美味しかった。アジの一夜干しに納豆が美味。
結局は、お馬鹿な朝風呂になって、よきかなよきかな。
朝風呂は体にもいいようで、朝ご飯が美味しかった。アジの一夜干しに納豆が美味。
近所のベスト豪徳寺でも同じようなものがあるし、似たような朝食は、ときどきお母さんも作ってくれるけど、断然ここのは美味しい。きっと温泉の効能なんだろう。納豆が苦手な恵里奈の分も引き受けて幸せになれた。
納豆一鉢分の幸せ。温泉ならでは……あたしは温泉大好き少女になってしまったようだ。
幸せになって食堂を出ると、ドッペルゲンガーも嘘くさく思える。
本は好きだけど、ああそうだと思うことと、それは無いだろうということがある。
納豆一鉢分の幸せ。温泉ならでは……あたしは温泉大好き少女になってしまったようだ。
幸せになって食堂を出ると、ドッペルゲンガーも嘘くさく思える。
本は好きだけど、ああそうだと思うことと、それは無いだろうということがある。
「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにもそまずただようふ」
若山牧水の短歌。
「明るさは滅びの徴であろうか、人も家も暗いうちは滅びはせぬ」
太宰の一節。
「二十一世紀を生きる君たちへ」
司馬遼太郎さんのエッセー。
こういうのは、そうなんだと思う。
ドッペルゲンガーは、それは無いだろうの部類に収まってきた。
でも、こういう女子会では面白い。まあ、まくさも恵里奈も分かっていながら面白がってるんだ。こういう話が出来るのは、気の置けない友だちということもあるけど、あたし自身が社交的に成長したのかと思うと嬉しい。白石優奈と友だちになれた事と合わせて、今年の数少ない収穫。もち一番は帝都に入れたこと。
こういうのは、そうなんだと思う。
ドッペルゲンガーは、それは無いだろうの部類に収まってきた。
でも、こういう女子会では面白い。まあ、まくさも恵里奈も分かっていながら面白がってるんだ。こういう話が出来るのは、気の置けない友だちということもあるけど、あたし自身が社交的に成長したのかと思うと嬉しい。白石優奈と友だちになれた事と合わせて、今年の数少ない収穫。もち一番は帝都に入れたこと。
ふいに四ノ宮クンが浮かぶ。こいつは当然、それは無いだろうの部類。
帰りの電車。まくさと恵里奈は湯疲れか、コックリコックリと舟を漕いでいる。あたしは、いろいろ頭に浮かんで来るせいか、目が冴えていた。
帰りの電車。まくさと恵里奈は湯疲れか、コックリコックリと舟を漕いでいる。あたしは、いろいろ頭に浮かんで来るせいか、目が冴えていた。
緩いカーブを曲がるとき、複々線の線路を新型の電車が来るのが見えた。
性能がいいんだろう、速度が十キロほど早く、カーブでこちらの電車を追い越していく。
真ん中あたりの車両が通過……視線を感じた。
瞬間一メートルほどの距離で、その人と目が合った。
……三十歳過ぎのあたし。
数秒間あたしとあたしは見つめ合っていた。向かいには夫らしい男の人。その横の女の子が「お母さん」と呼びかけているのが、過ぎゆく列車の中、口のかたちで分かった。
あたしは、この話はだれにもしないと決意した……。
瞬間一メートルほどの距離で、その人と目が合った。
……三十歳過ぎのあたし。
数秒間あたしとあたしは見つめ合っていた。向かいには夫らしい男の人。その横の女の子が「お母さん」と呼びかけているのが、過ぎゆく列車の中、口のかたちで分かった。
あたしは、この話はだれにもしないと決意した……。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 香取 北町警察の巡査