大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第17話《ドッペルゲンガー》

2023-12-11 08:35:39 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第17話《ドッペルゲンガー》さくら 




 八畳の和室にお布団を三菱の形で並べてる。

 
 頭を間近に付き合わせての寝物語は次第に怪しの雰囲気。

 途中で絵里奈が北枕になっているのに気が付いたけど、黙ってる。

 話が佳境に入ってきたのと、口に出して言うと怖くなるから。

「試合がフルセットまでいってヘゲヘゲの時に、相手のセッターの子がうちに見えてん……」

「え……」

「それって……」

「それがなぁ……そのもう一人のうちがやるようにセットしてボール上げたら、後ろの子がバックアタック決めてくれて、きれいに勝ててん。あとでビデオ見たら、相手のセッターは全然違う動きしてた」

「えと……」

 まくさは、どう受け止めていいか戸惑ってる感じ。

「……その時の恵里奈って、瞬間的に未来の自分を見たのかもね」

「未来の自分か……」

「あ……うん、インスピレーションの一種的な?」

「インスピレーションかあ、なるほど」

 ドッペルゲンガー……頭に浮かんだけど、言わなかった。

 ドッペルゲンガーは、いわば自分の幽霊。口に出したら寝物語のヨタ話に真実味が出てきて、なんだかリアルになってしまいそうな気がする。

 今月のわたしは、お父さんのまねき猫土偶とか、優奈の八百比丘尼の話とか、ちょっとオカルトめいている。

「こんな話もあるんだよ~」

 わざと怖そうな言い方で怪談話をしてやる。あきらかな怪談話は、いかにも怪談話で嘘くさく、ドッペルゲンガーの真実性を洗い流してくれる。

 ネットのコント番組で仕入れた話をすると、絵里奈もまくさも、少しビビって、あとは爆笑になって、わたしも笑って健やかに寝ることができた。

 

 今朝は早起きして、朝食前にひとっ風呂。



 三人ともめったに朝風呂なんか入らないので、なんだかホワホワしてくる。

「お湯を通して見ると胸って大きく見えるんだね……」

「ど、どこ見とんねん!」

 恵里奈は慌てて胸を隠した。

 窓からの朝日は湯気のフィルターを通して、とても空気をソフトにしてくれる。この先の人生は、全て幸せに包まれているような気になって、つい、絵里奈のアレはドッペルゲンガーだったかもしれないと話してしまった。

「知ってるよぉ、ドッペルゲンガー見ると……見た話すると、体に悪いって言うよね?」

 自信があるんだろう、まくさは、隠しもしないで聞いてきた。

「本によく書いてある。ドッペルゲンガー見ると体に変調が起きるって」

「あ、うち、そのあと盲腸で入院したわ!」

「盲腸の手術って、体の毛剃るんでしょ?」

「え、うん……こら、変なとこ見るんやない!」


 結局は、お馬鹿な朝風呂になって、よきかなよきかな。


 朝風呂は体にもいいようで、朝ご飯が美味しかった。アジの一夜干しに納豆が美味。

 近所のベスト豪徳寺でも同じようなものがあるし、似たような朝食は、ときどきお母さんも作ってくれるけど、断然ここのは美味しい。きっと温泉の効能なんだろう。納豆が苦手な恵里奈の分も引き受けて幸せになれた。


 納豆一鉢分の幸せ。温泉ならでは……あたしは温泉大好き少女になってしまったようだ。


 幸せになって食堂を出ると、ドッペルゲンガーも嘘くさく思える。


 本は好きだけど、ああそうだと思うことと、それは無いだろうということがある。

「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにもそまずただようふ」

 若山牧水の短歌。

「明るさは滅びの徴であろうか、人も家も暗いうちは滅びはせぬ」

 太宰の一節。

「二十一世紀を生きる君たちへ」

 司馬遼太郎さんのエッセー。


 こういうのは、そうなんだと思う。


 ドッペルゲンガーは、それは無いだろうの部類に収まってきた。
 
 でも、こういう女子会では面白い。まあ、まくさも恵里奈も分かっていながら面白がってるんだ。こういう話が出来るのは、気の置けない友だちということもあるけど、あたし自身が社交的に成長したのかと思うと嬉しい。白石優奈と友だちになれた事と合わせて、今年の数少ない収穫。もち一番は帝都に入れたこと。


 ふいに四ノ宮クンが浮かぶ。こいつは当然、それは無いだろうの部類。


 帰りの電車。まくさと恵里奈は湯疲れか、コックリコックリと舟を漕いでいる。あたしは、いろいろ頭に浮かんで来るせいか、目が冴えていた。

 緩いカーブを曲がるとき、複々線の線路を新型の電車が来るのが見えた。

 性能がいいんだろう、速度が十キロほど早く、カーブでこちらの電車を追い越していく。

 真ん中あたりの車両が通過……視線を感じた。

 瞬間一メートルほどの距離で、その人と目が合った。

 ……三十歳過ぎのあたし。

 数秒間あたしとあたしは見つめ合っていた。向かいには夫らしい男の人。その横の女の子が「お母さん」と呼びかけているのが、過ぎゆく列車の中、口のかたちで分かった。

 あたしは、この話はだれにもしないと決意した……。


☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 香取            北町警察の巡査
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする