大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・196『お岩とフーちゃんと』

2023-12-23 15:37:30 | 小説4
・196
『お岩とフーちゃんと』お岩 




 好意的に受け止める者ばかりじゃなかったさ。


 ほら、島の南端の氷室神社に漢明占領軍の新しい広報官がやってきた。

 胡盛媛(フーションユェン)、去年の戦争で戦死した胡盛徳大佐の娘さん。着任すると、すぐに氷室神社にお参りに来てくれて孫大人と仲良くなった。
 氷室神社は、休戦中とはいえ敵の神さま。お参りすることを良く思わない漢明人も多いさ。

「でも、漢明というか中華文化の宗教観は多神教で、土地の神さまを大事にするんです。だから、ぜんぜん普通のことなんですよ」

 お参りのついでに境内を掃除してくれているフーちゃん。あ、盛媛(ションユェン)というのは言いにくいし愛称としての省略形も思い浮かばないんで、苗字の方で胡(フーちゃん)と呼んでる。

「そーお、でも、フーちゃんも軍人さんなんだから、無理しなくていいよ」

「あはは、無理なんかぁ。子どもの頃は、毎日村のお社の掃除とかもやってましたし、わたし的には自然なことなんですよ……ほら、これが村のお社です」

 二世代前のハンベを立ち上げて映像を見せてくれる。

「古いハンベなんで動画じゃないんですけどね……」

「ううん、必要な機能が付いていればいいのさ……関帝廟だね」

「はい、商売と運気向上の神さま、明の時代からあるんだそうです」

「そりゃあ、大したもんだ」

「いえいえ、日本なんて千年以上の神社がコンビニと同じくらいあるじゃありませんか。式内社っていうんですよね?」

「へえぇ、式内社って日本人でも知らない人多いよ!」

「え、そうなんですか? でも、神社の鳥居の横なんかに『式内社』って標柱(しめばしら) に彫ってありますよ」

「標柱も知ってるんだ。日本人でも石柱とか、音読みしてヒョウチュウだよ」

「あはは、アニメとかいっぱい見ましたから(^_^;)」

 そう言って照れながら頭を掻く、今どき、こんな風に照れる日本人も少ない。

「でも、すごいですよ。千四百年も前に日本中の神社を調べて記録して、それがそのまま残って、標柱に彫られてるんですから。日本との緊張状態が解れたら、日本に行って聖地巡礼とかやってみたいです」

「そうだね、そんな日が早く来るといいねぇ」

「はい」

 潮風がフーちゃんの髪を撫でる。セミショートの髪が靡いて形のいいオデコと生え際の産毛がソヨソヨ揺れる。

 この子の横顔に戦争は似合わない。そう思って切り出した。

「お父さんの胡盛徳大佐が戦死した作戦。あれを指揮したのはわたしなんだよ」

「……はい、知ってます」

「フーちゃん……」

「広報っていうのは情報部の所属です」

「あ、そうだった。でも、氷室神社っていうのは、シゲジイが気まぐれででっちあげたモグリの神社だよ」

「そんなことありません」

「どうして? シゲジイってカンパニーでずっと穴掘ってた。元々は鉱山技師だけど、無資格だし」

「シゲさんが神社を造ったきっかけは、落盤事故(078『落盤事故』)……だったと思うんです。大勢犠牲者が出ましたでしょ?」

「あ、ああ……」

 あの時の犠牲者で素性の分からない者や引き取り手のない遺骨は、うちの食堂で預かっていた。シゲのやつ、そういうことは一言も言わなかったさ。

「なにごとの おわしますかは 知らねども……ええと(^_^;)」

「かたじけなさに涙こぼるる……西行法師だね」

「あ、あ、そうです。さすがはお岩さんです!」

「フーちゃんすごいねぇ、西行法師まで知ってるんだ。これもアニメ?」

「いいえ、これは軍の学校で」

「へえ、漢明も捨てたもんじゃないねえ」

「習った時は――日本人のいいかげんさ――の例としてだったんですけどね。それまでに仕入れた知識で、これは日本人の……言葉は浮かんでこないんですけど、凄みだと思うんです。人智を超えたものに素直に感動して、感動したら、そこを掃き清めて神社にしちゃう。そして、それが千年以上も続いて、コンビニよりもたくさんあって大事にされてるって、すごいですよ!」

「アハハ、シゲジイが聞いたら嬉しすぎて死んじゃうかもね」

「死んでもらっちゃ困りますぅ。それに、神社は新しいですけど、御祭神は秋宮空子(ときのみやそらこ)内親王さまと大綿津見神 (おおわたつみのかみ)、空と海が神さまって、とても素敵です」

「ああ……」

 見上げると、社殿は戦闘で失われ、真新しい賽銭箱がドーンと据えられた向こうに、大空と大海原と…… シゲのうさん臭さが、ちょっと違って見えてしまうから不思議だ。

 いつもは、パンパンと二拍手しておしまいだけど、フーちゃんといっしょに、きちんと二礼二拍手一礼、お賽銭もちゃんと100円あげたさ。

 食堂に戻るとモニターにニュースが出ていた。


 漢明は西之島南端の占領を解く。新たに西之島は漢明に対し、緊急時に避難の為に港の使用を認める。漢明は占領部隊を引き上げ、連絡員若干名を常駐させることとする。

 フーちゃんはどうなるのだろう……気になって連絡をとると、引き続き連絡員として残留の見通し。

 まずは、良かった。


☆彡この章の主な登場人物
  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書
  • 胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
 ※ 事項
  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
  • 奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟
 

 


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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第28話《やっと今年の幕が上がった》

2023-12-23 06:02:11 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第28話《やっと今年の幕が上がった》さつき 





 ――羽田第二旅客ターミナル、12時に待つ――


 正月明けの休み、島田さんからメールがあった

 一方的だなあ……そう思いながら足が向いてしまうから、我ながらよく分からない女だ。

 はっきり言おう。

「お付き合いはできません」

 あの、大晦日の再会と、強引な交際の申込み、元カノを目の前で切った合理的過ぎるやり方。

 バイトを理由に、その場を離れることで意思表示したつもりだ。あれから一週間以上になる。

 そこに、このメールだ。はっきりさせよう。


「おう、飯食おうぜ!」


 あたしが見つける前に、ゲート前に手と声の両方があがった。

 あたしも、朝はトースト一枚だったので、フテた顔をしながらも九州ラーメンの店を提案した。


 予想通り、ズルズル~! ツルツル~!の合唱が店の中に満ちていた。


 その合唱に加わると、胸の中にあったものがラーメンといっしょにお腹の中に暖かく収まって、そうそう深刻な話にはならないだろう。少なくとも、そういう話はNGという意思表示にはなる。


「腹が減ってると、何でもないことに腹が立ってしまうもんだからな」

「で、どこか旅行でもいくんですか?」

 つっけんどんに言うのに苦労した。ロケーションは二軒目のカフェになっている。

「せっかく暖まったんだから、暖かい話をしようぜ」

「沖縄にでもいくんですか?」

 そう言わしむるに十分に気楽な格好だったし、キャリーバッグはパンパンだった。

「大阪に引っ越すんだ。大きな荷物は先に送ったけど、細かいの案外かさばるのな」

「え……?」

「早稲田の演劇は、どうもオレには合わない。で、大阪の畿内大学の演劇科に鞍替え」

「こんなハンパな時期に?」

「ハンパじゃないぜ、いいタイミング。辰年の正月なんて、十二年に一度しかないからな」

 真面目な物言いに思わず頬が緩んでしまう。

「そう、その力のある笑顔に、オレは惚れたんだ」

 直截な言い方に、思わずコーヒーを吹き出してしまうところだった。

「さつきってさ」

「はい?」

「あの時、分かってなかったんじゃね?」

「え、いつ?」

「ほら、中央大会のあとマックで、さつき向きの本紹介したじゃんよ」

「覚えてます。ちゃんとメモとってたから」

「最後に勧めた本覚えてる?」

「えと……」

「ああ、やっぱ通じてなかった!」


 横の、多分婚約中と思われるカップルが立ち上がって思い出した。


「ああ、チェーホフの『結婚の申込み』?」

「タイトルだけだろ」

「だって、男が二人も出てくるんだもん。うちの帝都じゃ難しいと思って、あれはメモしてなかったから」

「だからさ、結婚のだいぶ手前で、付き合ってみないかってナゾがかけてあるんだぜ」

「ええ、そんなの分からないって!」

「オレは、あれで脈無しって諦めたんだぜ!」


 幼い青春のすれ違いを再認識した。


 その後、彼は早稲田の演劇科に。あたしは東都の文学部に。

 で、それっきり。

「本屋で見つけたときは運命だと思った。大阪行きも決まってたし。腐れ縁の彼女と縁切るのにも困ってたとこだし」

「あ……彼女は?」

 一番気に掛かっていることを聞いた。

「あいつは、オレが一番惨めなカタチで縁が切れるようにシナリオ練ってたんだ。あの日は初詣で偶然を装って、オレを一気に元カレの地位にけ落とすつもりだったんだよ」

「どうして、知ってんの?」

「だって、相手の男から聞いてたから」


 どうも彼は、あたしなんかより、ずっと不思議で大人の世界にいるらしい。


 二時、彼を乗せた大阪行きが飛んでいった。小さくなって視界没になるまで見ていた。

「……あたし、タメ口になってたなぁ……で……なんで見えなくなるまで見てんだろ」

 身震い一つしてモノレールに乗った。やっと今年の幕が上がったような気がした。


☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
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