銀河太平記・197
中華メニューを始めたら妙なことになった。
いや、なにね、漢明が占領を解いて、軍人を引き上げさせ、代わりに連絡員を置いて行った。ほんの10人前後なんで、食事とかはレプリケーターで済ませているんだ。
レプリケーターは、メニューを選んでボタンを押したら10秒で大昔のレンジみたいな「チン」の音をさてご飯もおかずも出てくる。古い日本語では食餌合成機っていうんだよ。
「え、食事じゃねえのか?」
最近漢字を覚え始めたハナが指を立てる。
「ううん、食餌さ」
「それって、大昔の病院のご飯のことだよね」
さすがにメグミは知っている。
「ええ、餌(えさ)なのかよぉ(^_^;)」
「だからさ、中華メニューも作ったんじゃないか。あ、そっちのテーブルもカタしといて」
「ええ、もう巫女服着てんだけどぉ」
「エプロンすりゃあいいだろがぁ、あ、メグは、まだゆっくりしてるといいさ」
「いいわよ、本務以外の事やるのもいい休憩になるから」
「そうかい、済まないねえ」
そう言って、メグとハナは、ついさっきまで漢明の連絡員たちが使っていた座敷を片付けに行く。
座敷は六畳が二つ。ちゃぶ台が四つ置いてあって、レトロな茶の間の雰囲気にしてある。
ちょっとした遊び心でやってみたんだけど、意外なことに漢明の子たちに人気で、いつも、ここで食事をしていく。
で、お気に入りが日本の家庭料理というんだから恐れ入る。
まあ、中華の方も島の人間やゲストには人気で、まあ、無駄にもなっていないからいいんだけどね。
「お岩さん、カタしたら、ちょっと横になってていい?」
「いいよ、ランチまではヒマだしねえ」
カタンカタン バサ バフ プチ
ちゃぶ台の脚を畳む音、座布団を並べて横になる気配、テレビが点く音もして、あっぱれ日本のくつろぎタイムの雰囲気が出来あがる。テレビは、AIが生成しているということさえ忘れてしまえば、古典的なワイドショーのスタイルで周回遅れのニュースを流している。
まあニュース性なんかは二の次、雰囲気を楽しむものだからねえ。でも、リアルタイムで見逃したトピックスなんかに、面白いのがあって、ちゃぶ台共々、食堂の人気アイテムなのさ。
ええええ!?
メグがワイドショーのゲストに贔屓のアイドルが出てきたような声を上げる。
「お岩さん、ちょ、スゴイよぉ!」
「え、なにぃ?」
カウンターから首を出すと、テレビは漢明のトピックスを流している。
――昨年PI措置をして新ボディーになった劉宏大統領は、大連工業地帯の視察を行いましたが、視察先の工場でとても珍しいものを発見しました――
『いや、お恥ずかしい、なんだか昔の友だちに出会った感じです!』
なんせ、新ボディーは大統領秘書だった王春華だ。王春華だったころは、秘書らしいショ-トボブの髪型に硬いスーツ姿だったけど、今は、ロングにしたりポニテにしたり、ファッションも軽やかで、フォーマルな時以外は活発な女子学生という雰囲気さ。
その劉宏が、頬を染めて指さした先には、埃まみれのマイドがガラクタに混じって見えている。
『マイドは、漢明と日本が緊張状態になる前、日本の大阪で開発された超小型のパルスボートです。漢明や大陸では大型のピックアップボートが一般的だったんですが、このドアツードアをコンセプトに開発されたマイドは、積載量は一トンですが、静粛性、運動性能、航続距離に優れていて、なによりも可愛い!』
埃がたつのも気にせずマイドを撫でまわす姿は、ちょっと反則なぐらいにチャーミングだ。
『ねえ、工場長、これ譲ってください。ちゃんと時価で買わせてもらいますからぁ!』
工場長にカメラが振られると『いや、差し上げます(^_^;)』と言うのを『ダメです、ちょっとハンベで検索……こんなもので、どうですか?』とカメラにハンベを向ける。
ハンベには、このお岩が見ても妥当な金額が示され……いや、エンジンやら、あちこちのオーバーホールを考えたら少し高い金額が示されている。
「いやあ、懐かしいなあ」
いつの間にか、社長(睦仁親王殿下)が入り口に立っている。
「殿下、ひょっとして、今から朝ごはんかい?」
「あ、申しわけない。打合せを先に済ませたら、こんな時間になって(^_^;)」
「簡単なものしか作れないけど?」
「ああ、なんならご飯にカツ節かけたのでもいいよ」
「そんなネコマンマみたいなのは作らないさ、十分ほど待ってて」
「うん、じゃあ、座敷で待たせてもらう。メグミさん、お邪魔します」
やっぱり畳敷きは人気だ。
「あ、殿下、いや社長、劉宏がこんな玩具を見つけましたよ!」
「あ、ああ……マイドじゃないですか! ボク、このプロトタイプの制作に関わってましたよ!」
「ええ!?」「そうなのか、社長!?」
「うん、金剛山に天狗……いや、東大阪工業組合の研究室があって、そこで居候している時に、マイドの試作機作っていてねぇ、ちょこっとだけ手伝いました。劉宏大統領も見かけは変わったけど、りっぱなオッサン趣味だねえ(^_^;)」
「こんなちっこい乗り物のどこがいいんだぁ」
「スピードは出ないけど燃費がいいから、衛星軌道からのシャトルにも使えるんだよぉ、そうだ、ちょっとハナに似てるかもよ」
「え、そうなのか(n*´ω`*n)」
「そうだね、ハナは整備助手もやるし、食堂の手伝いもやるし、神社の巫女もやるし、いざという時は立派に戦闘員の働きもしてくれるしねえ」
「アハハ、褒めてもなんにも出ねえぞ(^〇^;)」
「この映像は先週のだから、もうあちこちいじってるかも……さすがに、まだ無いか」
「さあ、そろそろ巫女さんの仕事すっかなあ……あれ、連絡所の方でジタバタやってんぞぉ……おおい! フーちゃん、なにやってんだあ!?」
ハナが窓を開けて呼びかけると、フーちゃん(胡盛媛)が藁をもつかむって顔で駆けてきた。
「大変なんですぅ! うちの大統領が急に連絡所の視察に来るって! もう、どんな準備していいのか、みんな舞い上がってしまって(;゚Д゚;)」
「「「ええ( ゚Д゚)!」」」
面白いけど、なんか大変なことになってきたみたいだよ。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟