やくもあやかし物語 2
「「「え?」」」
三人同時に声が出た。
オーベロンがつけてくれたのは獣道。
獣というのは四つ足だから、通る道は、道なのか、ちょっとだけ草がまばらなところなのか区別がつかない。むろん獣は四つ足で歩いているから人の目の高さあたりは薮や茂みと変わりがない。気を付けて歩かないと、見失ってしまう。
それが、いきなりホワっと広がった。
中一の時に街の森林公園でオリエンテーリングをやった時を思い出す。
所どころに先生が立っていて、カードにスタンプを押してくれる。
そういうところは交差点になっていて、地図をよく見ないと間違ったルートに入ってしまって遠回りをさせられる。
そういう所に出てしまった。
ホワっと広がって、ある程度は見通せるんだけど、そこは三叉路で、上りの道と下りの道がある。こういうところって、次元の狭間って感じがする……上りを選ぶか下りを選ぶかで、ぜんぜん別の世界に踏み込んでしまいそうな、そんな怖さがあるんだ。
崖道のお屋敷の庭、草ぼうぼうのお厨子の前でスマホを拾ったら、伏見稲荷みたく前後に鳥居が続いていたときの恐怖だよ(やくもあやかし物語03『フフフフ』)。間違えた鳥居を選んだら永久に二度と元の世界に戻ってこれないような。
ここは上の道と下の道の二拓だけど、きっとその先でも枝分かれしていて、怖くなって振り返ったら、もう、どこから来たか分からなくなってるみたいな。
「「「どっちだ?」」」
声が揃ってしまったので、お互いに聞くわけにもいかない。
「ヤクモのサキュバスは分からねえのか?」
『サキュバス言うなあ!』
ハイジに腹を立てる御息所だけど、ポケットの中には引っ込まないで、目をキョロキョロさせて真剣にあたりの様子を探っている。
『悪意を感じる……道に迷わせて泣きべそかかせてやろうって』
「な、泣きべそなんかかかないぞ(৹˃ᗝ˂৹) 」
ハイジが泣きそうな声で強がりを言う。
「よし、姿が見えるところまで行って、大丈夫そうだったら手を振るから、続いてきてくれ」
ネルが指と耳を立てて決意表明。
さすがはエルフ、森の中の行動には責任を持たなきゃと思ってるんだ。
『やめた方がいい、それくらいのことは見通してると思うわよデラシネのやつ』
「でも、このままじゃ身動き取れなくなってしまうぞ、サキュ……」
『ん?』
「ミヤスドコロ」
『この際だから言っとくけど、わたしの正式な名前は六条の御息所よ』
「ちょっと長いなあ」
『エルフの耳ほどじゃないわよ。でも、読み方はロクジョウノミヤスンドコロだからね、憶えておいてちょうだいな。ほら、みんなで言ってみ』
「「「ロクジョウノミヤスンドコロ」」」
「言いにくい、意識を集中しないと間違えそうだ(;'∀')」
「じゃあ、同じ程度に意識を集中して、コーネリア・ナサニエル、耳を貸して」
ネルをフルネームで呼んでヒソヒソ命じる御息所。
「じゃあ、あたしが先に行って様子を探るから、OKだったら〇、ダメだったらペケで知らせるから」
明るく言って、ネルは右の道を100mほど進んだ。
「あ、〇のサインだぞ!」
『ちょっと待って!』
足を浮かしたハイジを呼び止める御息所。わたしも体が前に出ちゃったんだけどね(^_^;)。
フワ
音もなく、瞬間でネルが目の前に戻ってきた。
『やっぱりな』
「え?」「どういうことだ!?」
「意識だけ向こうに飛ばしたんだ、ミヤスドコロが意識を集中させてくれてな」
「あ」
「そのために、舌噛みそうな名前呼ばせたんだな」
「それだけじゃない、サインは♡マークにしろと決めてあった」
「え、だって〇だったぞ」
『つまり、幻を見せて迷わせようって魂胆だったのよ。そういうケチなやつなのよ、デラシネって』
ここは連係プレーだって気がして、わたしはみんなに言った。
「フン、つきあってらんないわ。もう帰ろ」
「お、おい」「ヤクモ」
ビックリしながらも、ネルもハイジも回れ右した。
ホワン!
音がして、振り返ったら道は素直な一本道になっていた。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン