徒然草 第五十三段
これも仁和寺の法師のことです。
童の法師にならんとする名残とて、おのおのあそぶ事ありけるに、酔ひて興に入る余り、傍なる足鼎を取りて、頭に被きたれば、詰るやうにするを、鼻をおし平めて顔をさし入れて、舞い出でたるに、満座興に入る事限りなし。
仁和寺とは、京都市右京区御室にある、真言宗御室派の総本山。遅咲きの八重桜などが有名で、よくドラマのロケにも使われています。あまり知られていませんが世界文化遺産だったりもします。
この仁和寺の法師の話は前段のほうが有名なのですが、この段も面白い。
仁和寺のお稚児さんが目出度く正規のお坊さんになれるので、知り合いの仁和寺の坊主たちが集まって祝賀会を開きました。そのうち酔っぱらった坊主が、足鼎(三つ足の鍋みたいなの)を頭に被って踊り出します。
当時のお稚児さんというのは、かわいいもので、坊主たちは、しばしば女の子のように、そういう対象にしていました。この坊主もそんなお稚児さんの気をひきたかったのかもしれません。
で、酔いが覚めて、その鼎を外そうとしても、顎や鼻が引っかかって外れなません(;゚Д゚)。むりやり引っこ抜くと、鼻ももげて、傷だらけになったという笑い話。
しかし、よく考えると、鼎というのは口が広く、底の浅いものなのである。なんたって鍋のようなモノであります。被っても鼻のあたりまでくるぐらいのもので、口が広いので、被って抜けないということはあり得ません。
要は、坊主の与太話なのだと思います。針小棒大というか、宴会で坊主がハメを外して鼎を被った話が大きくなっただけのもの。今風に言えば都市伝説でしょうね(^_^;)。
こんな都市伝説があります。
前世紀の末、まだ携帯電話が普及していなかったころの話です。あるタレントAさんが車でテレビ局に向かう途中、渋滞に巻き込まれてしまいました。とても本番には間に合いそうにない。そこで、車を降りて、公衆電話で放送局に電話をしました。
「ごめん、道路が渋滞でさ、ちょっと間に合わないよ……」
渋滞と言っても、車の流れは少しずつ動いています。後続の車からクラクションを鳴らされ、このタレントさんは、早口で事情だけを話して、車にもどります。
で、この早口がアダとなりました。
電話を受けたテレビ局のオネエサンは、彼の早口と、興奮が憑りうつってしまい、担当のADに内線で、こう伝えました。
「Aさん、交通渋滞で間に合いません!」
で、これが、伝言ゲームのようにディレクターの耳に入るころには、こうなります。
「Aさん、交通事故で重体で……」
「なんだって!?」
警察に問い合わせたり、代役の手配、報道部では「Aさん、交通事故で重体!」のニュース原稿まで用意しました。
で、大騒ぎの真っ最中、当の本人がひょっこりスタジオに姿を現し、みんなびっくりしたり、笑ったり。マネージャーも連れずに、名前のあるタレントが一人で放送局にくることなど、まず考えられず。これは仁和寺の法師の話と同列でしょう。
こんな話もあります。
ある高校生が夏休みに免許をとり、うれしくなって親父の車を借りて街に出ました。携帯で仲間を呼び、同乗者が増えた。五人になったところで困ってしまった。運転している高校生を入れると六人になり、乗り切れない。そこで、一人は車のトランクに入った。体の硬いやつで、みんなに手伝ってもらって、やっとトランクに収まった。
これを近くで見ていた人が勘違いした。
――あ、拉致されてる!
で、その人は警察に通報しました。パトカー五台と、ヘリコプターまで出動するという大騒ぎになってしまいました。一時は、府警本部の記者クラブまで話がいき、夕方のトップニュースになるところでありました。
幸い、免許取り立てのヘナチョコ運転、すぐにパトカーに捕まり、ことの真相が明らかになりました。
明くる日、担任の教師共々警察にお詫びに行って、お灸を据えられただけで、メデタシメデタシ。
これ、都市伝説ではありません。わたしが現職だったころ、実際に起こった事件なのです(^_^;)。
しかし、これを読んだあなたが、だれかに話し、そのだれかさんが、また他のだれかさんに話すころには、いろんな尾ひれが付いて、立派な都市伝説に成長しているかもしれません。