コッペリア・39
「顔を撮ってもらってもけっこうです」
咲月も栞も、並み居る報道陣に宣言した。
神楽坂高校二年生の異例な学級増とクラスの再編成は、神楽坂の教職員の思惑を超えて全国のマスコミが注目することとなった。
「今回の学級増とクラスの再編成は、あくまで生徒の利益を考えてのことです」
校長はポーカーフェイスで言いきった。
「学級崩壊もなく、あたりまえに進行し始めた学年を解体して、現状を変更する必要はあるんですか?」
「学級数が多くなれば、一クラス当たりの生徒数が減ります。それだけ行き届いた教育が出来ると考えました。それに新学期が始まって間が無いからこそ、実現できることなんです。40人学級は、そういう精神に基づいて決められております。どうかご理解いただきますように」
校長は、良くも悪くもセオリー通りの答えをした。校長は緊急保護者会を、こう締めくくった。
「二学年は、転校生などがあり、都の学級編成基準も40人以下をもって構成するとあります。あくまで、子どもたちのためです」
そう答えた組合の分会長には、たちまち矛盾を突かれた。
「ということは、わたしが転校してきて咲月が留年したのが悪かったんですね」
「そういうことじゃない」
「だって、学年途中のクラス替えなんて、みんな驚いています。やっと友だちもできて、そんな子たちはクラス替えになることを嫌がってます」
「あの……これ、クラス替えに反対するクラスの署名です。クラスの大半の32人が署名してくれました」
咲月は、ざら紙で作った署名簿をカバンから取り出した。
「みんな嫌がってるんです。この、嫌なクラス替えが強行されるのは、転校生のわたしと留年生の咲月が悪い。わたしと咲月が悪かったって説明しなきゃいけないんですか」
「いや……それは……」
「新しいクラスの編成基準はなんですか?」
咲月が質問する。
「シャッフルしたうえで、本校の学級編成基準に照らして作りました。成績や、体格、男女比、それに同一姓はなるべく離すというような条件です」
「ということは、各クラスは、元のクラスが、ほぼ均等に分けられたということですね」
「ええ、そうなりますね」
「それは、おかしいです。栞と二人で調べてみました。新しいクラスは、元のクラスの者が2/3以上。残った1/3をかき集めて、もう一クラスが作られています」
こういう事情で、栞と咲月の存在はクローズアップされ、インタビュー。
で「撮ってもらって結構ですよ」に繋がる。
「あたしたちは、こんな混乱になるなんて聞いていませんでした。先生方がおっしゃる内容では、あたしたちが、この学年に入ったために学級の再編成がおこなわれるように聞こえます。心外です」
栞が簡略にまとめると、咲月が引き受けて、過激に締めくくった。
「理不尽な変更ですが、これ以上の混乱は望みません。適応するように努めます。ただ、これが学校と先生たちの本質だということを分かってください」
咲月はAKPの研究生だということがすぐに分かったので、咲月は仮名にされ、顔にはモザイク、声も変えられた。
インタビューと事のあらましは保護者会の前に流された。
保護者たちは、説明会のときにはみんな事情を知っていて、ほとんど学校への糾弾会になってしまった。
「うちの娘が言うことの方がよっぽどまともだ。あんたら間違ってるよ、数さえ合わせたらいいってのは、あんたらが大っ嫌いなむかしの軍隊の員数合わせと同じだ。もっと血の通った学校にしてもらわなくっちゃな!」
大家さんは、名目上の孫娘であることも忘れて、唾をとばして力説した。
「そうだそうだ!」
「生徒をダシにして、楽すんじゃねえよ!」
教師と言う人種は、基本的に役人である。まして背景には都の40人学級編成の条例がある。ますますカタクナになっていく。
そこに、栞を先頭に、生徒たちが10人ほどなだれ込んできた。
「君たちには関係ない!」
分会長は激昂した。
「生徒が主人公だって、いつも言ってるじゃないですか。あたしたちが一番影響を受けるんです。なんで、あたしたちが参加しちゃいけないんですか!?」
保護者席から盛大な拍手がおこり、テレビ局は混乱に乗じてカメラを持ち込んだ。
「すでに、今朝から新しいクラスに編成替えになりました。これでもとに戻したら、一層の混乱と不信を招きます。悔しいけど、このままでいいです。ただ、このことで起こる予期できる、そして予期できない問題を含んで、責任は、全て学校にあります!」
栞の現状分析と、明快な論理展開に颯太は目頭が熱くなった……一瞬栞の顔が、人形では無く、可憐で高潔な女子高生のそれに見えた。