泉希(みずき)は、よく似合ったボブカットで微笑みながら、とんでもないものを座卓の上に出した。
「戸籍謄本……なに、これ?」
今日子は当惑げに、それを見るだけで手に取ろうとはしなかった。
「どうか、見てください」
泉希は軽くそれを今日子の方に進めた。今日子は仕方なく、それを開いてみた。
「え……なに、これえ!?」
今日子は、同じ言葉を二度吐いたが、二度目の言葉は心臓が口から出てきそうだった。
雫石泉希 父 雫石亮 母 長峰篤子
え……?
亮の僅かな遺産を整理するときに戸籍謄本は取り寄せたが、子の欄は「子 雫石亮太」とだけあって、婚姻により除籍と斜線がひかれていただけだった。ところが、泉希の持ってきたそれには泉希が俗にいう婚外子であることを示す記述がある。同姓同名かと思ったが、亮に関する記述は自分が取り寄せた戸籍謄本と同じ。
「これは、偽物よ!」
今日子は、慌てて葬儀や相続に関わる書類をひっかきまわした。
「見てよ。あなたのことなんか、どこにも書いてないわ!」
泉希は覗きこむように見て、うららかに言った。
「日付が違います、わたしのは昨日の日付です。備考も見ていただけます?」
備考には、本人申し立てにより10月11日入籍。とあった。
「こんなの、あたし知らないわよ」
「でも事実なんだから仕方ありません。これ家庭裁判所の裁定と、担当弁護士の添え状です」
「ちょ、ちょっと待って……」
今日子は、家裁と弁護士に電話したが、電話では相手にしてもらえず、身分を証明できる免許証とパスポートを持って出かけた。
泉希は、白のワンピースに着替えて、向こう三軒両隣に挨拶しにまわった。
「わけあって、今日から雫石のお家のご厄介になる泉希と申します。不束者ですが、よろしくお付き合いくださいませ」
お向かいの巽さんのオバチャンなど、泉希の面差しに亮に似たものを見て了解してくれた。
「うんうん。その顔見たら事情は分かるわよ。なんでも困ったことがあったら、オバチャンに相談しな!」
そう言って、手を握ってくれた。その暖かさに、泉希は思わず涙ぐんでしまった。
今日子が夕方戻ってみると、亮が死んでからほったらかしになっていた玄関の庇のトユが直されていた。庇下の自転車もピカピカになっている……だけじゃなく、カーポートの隅にはびこっていたゴミや雑草もきれいになくなっていた。
「奥さん、事情はいろいろあるんだろうけど、泉希ちゃん大事にしてあげてね」
と、巽のオバチャンに小声で言われた。
「お兄さん、お初にお目にかかります。妹の泉希です。そちらがお義姉さんの佐江さんですね、どうぞよろしくお願いいたします」
夜になってからやってきた亮太夫婦にも、緊張しながらも精一杯の親しみを込めて挨拶した。
なんといっても父である亮がいない今、唯一血のつながった肉親である。亮太夫婦は不得要領な笑顔を返しただけであった。
母から急に腹違いの妹が現れたと言われて、内心は母の今日子以上に不安である。僅かとはいえ父の遺産の半分をもらって、それは、とうにマンションの早期返済いにあてて一銭も残っていないのである。ここで半分よこせと言われても困る。
「わたしは、ここしか身寄りがないんです。お願いします、ここに置いてください。お金ならあります。お父さんが生前に残してくれました。とりあえず当座にお世話になる分……お母さん……そう呼んでいいですか?」
今日子は無言で、泉希が差し出した通帳を見た。
たまげた。
通帳には5の下に0が7つも付いていた。5千万であることが分かるのに一分近くかかった。