大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・194『平日やけどもペコちゃんに逢って』

2021-03-04 13:59:52 | ノベル

・194

『平日やけどもペコちゃんに逢って』さくら      

 

 

 今日は平日やけども休み。

 

 なんでか言うと卒業式やさかい。

 在校生のうちらは、コロナの事とかあって式には出ません。

 三年生には知り合いもいてへんしね。

 せやさかいに、留美ちゃんと二人で買い物に出てる。

 留美ちゃんの新生活も、ようやく落ち着いて来て、ホームセンターに細々とした日用品を買いに出たというワケ。ホームセンターのある通りは食べ物屋さんやらスイーツのお店がひしめいてんねんけど、シカとする。目的を果たす前に立ち寄ったら、育ち盛りのわたしらとしては道を踏み外しそうになるよって、買い物が終わったら一軒だけ寄ろうということになってる。

「あ、ペコちゃん」

 赤信号で自転車を止めたら留美ちゃんが呟いた。

「え、あ、ほんま……」

 別に留美ちゃんが不二家の誘惑に負けたわけやない。

 我が担任のペコちゃんこと月島さやか先生が黒の式服のまま自転車に乗って交差点を曲がっていく。

「お仕事なんだろうねえ」

 留美ちゃんはええ子やさかい、式服を着替える間もなく仕事に出てるペコちゃんに同情的。

 やっぱり、お母さんの働いてる姿を見て育ってきたさかい「キャー先生!」とか手を振ったりはせえへん。

 ちなみに『ペコちゃん』いうあだ名は昔から。

 うちに家庭訪問しに来た時に、子どものころから『ペコちゃん』て言われてきた言うてはった。

 先生になってまで『ペコちゃん』はないやろと、人には言わんように言われて、うちは守ってきたけど。

 なんせ、笑顔になったらペコちゃんソックリ。

 いつのまにかみんな言うようになって、本人も諦めてはる。

 買い物は、事前にメモをとってたし、売り場もネットで確認してたのですぐに終わったんやけど、レジが一杯。

 けっきょく三十分ほどかかってホームセンターを出ると、待ち合わせてたみたいにペコちゃんが信号の向こうで手ぇ振ってる。

「やあ、奇遇ねえ!」

「「あ、ども」」

 このやり取りだけで、ペコちゃんがハンバーガーを奢ってくれることになる。

 ラッキー!

 アクリル板で囲まれたシートに三人で収まる。

「家庭訪問やったんですか?」

 ぶしつけやと思たけど、突っ込んでみる。

 濁されたら、あっさり引き下がるつもり。

 家庭訪問いうのは個人情報が絡んでるやろし、うちらが聞いたらあかん内容やったりするからね。

 せやけど、そんなに秘密の必要が無かったら、ペコちゃんは言う。

 程よい情報の共有というのは、人間関係を円滑にしてくれるもんです。

「うん、瀬田くんちに行ってた」

「「あ、ああ」」

 それだけで納得。

 瀬田いうのんは一年から同じクラスの男子。元サッカー部で、田中いうのんとペアで掃除をサボったりつるんどった。

 最初は田中の方が頼りない感じで、瀬田が振り回してるように見えてたんやけど、コロナ休校のころになにかあったみたいで、瀬田は休みがちになっとおる。

「二人とも、瀬田君とは同級生だったんだよね……」

 そうやねんけども、ペコちゃんはうちらに情報を求めてるわけやない。うちも留美ちゃんもちゃんとやってるのに、男子の瀬田が不登校になってるのんがもどかしいんや。

「榊原さん、新しい生活には慣れた?」

 留美ちゃんの事を心配してるんや。いきなり聞いたらあからさまやから、瀬田のことを枕にしたんやろなあ。

「はい、もう、家族同然にしていただいて、こないだはみんなで家族写真まで撮ってもらったんです(^▽^)/」

「そう、それは良かった。二人ともいい子だから、なんか後回しっぽくなって、ごめんなさいね」

「いえいえ、いよいよの時は月島先生にも頼りますから、よろしくお願いします」

「うん、四月からも受け持てるといいわね」

「うちらも先生のクラスになりたいです。ねえ」

「ハハ、まあ、それは開けてビックリ玉手箱ってことね」

 それから、学校のアレコレで盛り上がってお店を出て、ペコちゃんが切り出した。

「榊原さん、ちょっといい」

 留美ちゃんに折り入ってという感じなんで、うちは先に帰ろかと思った。

「さくらちゃんもいっしょに、家族なんだから」

「う、うん」

「そう……じゃあ……」

 じゃあと言いながら、ペコちゃんは確かめるように、うちと留美ちゃんの顔を見てから切り出した。

「実は、留美ちゃんのお父さんがいらして……」

「「え!?」」

 息が停まるかと思た……。

 

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誤訳怪訳日本の神話・28『スセリヒメ』

2021-03-04 09:53:57 | 評論

訳日本の神話・28
『スセリヒメ』    

 

 

 オホヤビコが示した根の国堅州国(ねのくにかたすくに)というのがよく分かりません。

 黄泉の国のまだ向こうという設定なっているので出雲のどこかなのでしょうが、取りあえずはスサノオがクシナダヒメと所帯を持ったところなのでしょう。

 オオナムチがたどり着いたところは、スサノオの宮殿です。

「すみませ~ん、木の国のオホヤビコの紹介でやってきましたオオナムチと言います、だれか居ませんかあ?」

 門の外から声をかけますと、なんとも可愛くて魅力的な女の子が出てきます。

 スセリヒメであります。

 スセリビメと書くことが多いのですが、ヒメを濁って発音するのは趣味に合いませんのでヒメとします。

 

 脱線しますが、古代において『女』には二通りの発音がありました。

 オミナとオウナであります。

 オミナは若い女性を指します。オウナは年配の女性を指します。

 オミナとは、なんとも優しい発音ですね。花の名前に『女郎花』がありますが読み方は『おみなえし』であります。ちかごろ自生のものは減ってきたようですが、昔はスミレのように日本の山谷にはふつうに繁茂していた可憐な草花だそうです。仲間に『男郎花(おとこえし)』というのがあることを発見して一人で喜んでいました(*^▽^*)。下の歌詞をご覧ください。

 

 ましろき富士の けだかさを こころのつよい盾として 

 御国に尽くす女等は 輝く御代の山桜

 地に咲き 匂う 山桜

 

 昭和11年に作られた『愛国の花』の一番の歌詞です。

 二行目の『女等』はオミナラと読みます。

 意味的には女達と、女を複数形で言っただけなのですが、オンナラと発音したらぶち壊しですね。

 オミナラと発音すると、なにか憧れとか尊敬、親しみを感じてしまうのですが、変でしょうか?

 ちなみに『愛国の花』は戦後七十五年を超える今日でも東南アジア各国で愛唱されていると言います。インドネシアの建国50周年記念の国民行事で、現地の方々が合唱されているのをYouTubeの動画で観た時には、ちょっと恥ずかしいほど感動しました。

 つまり、そういう趣味というか感覚で『姫』はヒメと発音しておきます。

 

 スセリヒメはスサノオとクシナダヒメの娘です……オオナムチはスサノオから数えること五代目あるいは六代目と言われる子孫です。

 人間的な常識で判断すると、令和の若者が明治時代のご先祖に連なる女性と恋仲になったということで、ちょっとSFで、初めて読んだ時には混乱したものです。

 好きになったのはスセリヒメの方からです。

「ぜったい、あんたと結婚する(#゚Д゚#)!」

 スセリヒメは父のスサノオに懇願します。

 娘に『好きな人が出来たの(^#▽#^)』と言われて素直に喜ぶ父親はいないと思います。

「な、なんだと!? す、好きな男ができただとおおおおおおおおおヽ(#`Д´#)ノ」

 スサノオは、オズオズ現れたオオナムチに、こう言います。

「てめえみたいな奴は、名前を変えてやる! たった今から『アシハラノシコオ』と呼んでやる!」

 つまり、日本一の醜男(ぶおとこ)という意味ですね。

 オオナムチは、記紀神話では何度も名前が変わって、大国主に定まるまでは時間がかかります。

『ノラガミ アラゴト』に大国主が出てきますが、この何度も名前が変わることが大国主のキャラ設定に大きく影響しています。『ノラガミ』の夜ト(やと)とヒロインのひよりは沢山観たアニメの中でも好きなキャラです。

 次回はスサノオとオオナムチのそれからを見ていきたいと思います。

 

 

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真凡プレジデント・11《自主・独立・敬愛の今を問う》

2021-03-04 07:14:41 | 小説3

プレジデント・11

《自主・独立・敬愛の今を問う》      

 

 

 生徒手帳には学校の三本柱として、自主・独立・敬愛、三つの徳目が記されている。

 立会演説の草稿が書けないわたしは、生徒手帳の〔生徒心得〕から始めることにした。

 

 学校の本館正面には、ぶっとい三本の柱が貫いているんだけど、それが、この三つの徳目を表しているらしい。

 ナルホドと思う反面、徳目を考えた初代の校長だか誰かだかが、今のわたしみたく悩んだ末に考えたというかこじつけたことなんだろうと思う。

 だって、自主・独立という割には、校則はスカート丈からリボンの結び方まで事細かに規定している。そして、規定している割には守られていない。

 授業の始まりには「起立・礼・着席」を委員長が発声すると書かれているが、ほとんど実行はされていない。

 アルバイトは学校に願い出て許可を得る……守っている生徒はいない。

 みだりに繁華街に立ち入ることや深夜徘徊は禁止されていて、やむを得ない場合は保護者の同伴を義務付けるとか、もう笑ってしまう。他にもいろいろあるけど、廊下は右側を静かに歩けとかね。もうやってられません。

 七十年前の開校以来一度も見直されたことがないまま、毎年生徒手帳に書かれてしまっているんだ。

 

 一瞬、途方に暮れたけど、思い直した。

 

 そうだ、このまま立会演説でぶつけてみよう!

 いまの生徒会を守りながら、守るというのは規定の行事はきちんとこなしながら調べてみるということ。

 調べるとは、近隣の高校を訪ねて調査することだ。アポを取って、自分の足で出向いて、見て聞いて話を聞いて。そして自分の肌で感じてみること。

 これなら、わたしの狙いであるコミニケ-ションスキルの獲得や自己表現……つまり、もっとうまくやっていける人間にもなれるだろうし、生徒会のためにもなる。うん、何を提案するってものでもないんだけど、アグレッシブな印象が、我ながらいいと思う。

 『自主・独立・敬愛の今を問う』

 うん、なかなかエキセントリックな表題も付いた。

 

 一気呵成に原稿用紙三枚にまとめ上げると藤田先生に提出しに行った。

 

「ごくろうさま、藤田先生にはわたしから渡しておくわ。ザッと見たけど問題ないと思う」

 またも藤田先生は不在で、中谷先生に渡して暫定的了解を得た。

 さあ、明日からは二年になって初めての中間考査だ。

「あ、早かったじゃん!」

 校門のところで待っているなつきが嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。

「もう、先に帰って勉強してろって言ったでしょ!」

「やっぱ、いっしょにやらなきゃ調子でないじゃん」

 ペロって舌を出す。

 こういうところは、中学では悪だった片鱗も無くって可愛いんだけど。こいつは分かっててやっている節がある。

「じゃ、いくぞ!」

「あ、ちょ、待って」

「もー、なによ!?」

「北白川さんがね……あ、来た来た!」

 食堂の方からジュースのパックを持った北白川さんが美しく駆けてくる。

「ちょうどよかった、冷たいの飲みながら帰ろ、はい、田中さん!」

「え、わたしにも?」

「橘さんがニコニコ立ってたから声かけて、そしたら田中さん待ってるって、そいでいっしょにね、ウフ」

 アニメキャラのように肩をすくめる。なにをやっても絵になる人だ。

「そいじゃ、ありがたく」

 ジュースをもらって歩き出す。文具屋のガラス戸に三人の姿が映る。

 ガラス戸に映るボンヤリとした姿でも北白川さんは美しく、なつきはキャピキャピ可愛い。

 わたしは……考えないことにして、ちょっと肌寒い五月の空の下を駅に向かった。

 

 こないだの事が気にかかる。

 柳沢琢磨が教室にやってきて、北白川さんの席を聞いたかと思うと、手紙を預けていったでしょ。

 そこへ北白川さんが戻ってきて、目を三角にしたかと思うと柳沢をひっ捕まえて行ってしまって、預かった手紙が見当たらず、ひとり焦っていた。

 みんなの噂話と手紙の事でアセアセになっていたら、北白川さんが戻ってきて、わたしが生徒会長に立候補してることをクラス中にお披露目してしまった。

 むろん「がんばってね!」という応援なんだけど、それも柳沢と関係がありそうで、ますます興味が湧いてくる。

 それにね、今まで、こんな風に北白川さんと喋ったことも無かったし、この接近ぶりが気になってるんだけど、そんなこと正面から聞くわけのもいかないし。

 飲み終わった紙パックを持て余すころには駅に着いてしまった。

「エイ!」

 北白川さんが紙パックを投げると、きれいに改札前のゴミ箱に収まる。

 なつきは無邪気にマネして失敗。

 わたしは、それを拾って自分のといっしょにゴミ箱に捨てる。

 ほんとは、わたしも投げてみようかって衝動が湧いたんだけどね。北白川さんのアクションて、そういう人を踏み込ませるような「カムウィズミー」的なオーラがある。

「あ、ごめん。調子に乗って、ちょっと行儀悪かったわね」

 拳で頭をコツンとして『テヘペロ』の北白川さん。

 くそ、なにをしても主役の貫録。

 思うと、顔が赤くなるのを自覚して「ううん、そんなこと(〃´∪`〃)」と壁を塗るようにして手を振る。

 なつきが「アハハハ」と笑って、わたしも北白川さんも笑ってしまう。

 横を通ったオバサンの二人連れが、好ましい女子高生だわ的に暖かく視線を向けていった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨    急に現れた対立候補
  •  北白川 綾乃   モテカワ美少女の同級生
  •  橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  橘 健二      なつきの弟
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問

 

  

 

 

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魔法少女マヂカ・200『ノンコ開眼!』

2021-03-03 10:10:19 | 小説

魔法少女マヂカ・200

『ノンコ開眼!』語り手:ブリンダ    

 

 

 凌雲閣から学校に戻ってくると、ノンコがむくれている。

 

「もー、三人でなんかやってきたやろ!?」

 すっかり板に付いた京都弁が可愛らしい。

「もー、へらへら笑ろてんと、教えなさいよ。なんとなくは分かってんねんよ、礼法室から、どこか面白いとこ行ってきたんでしょうがあ?」

「エ、ナンノコトデスカア?」

「とぼけてもあかんよ、あんたブリンダやろ!?」

 霧子が職員室に呼ばれたのをきっかけに詰め寄ってきた。わたしはマクギャバン米国大使のむすめのブリンダ・ウッズ・マクギャバンという触れ込みになっているけど、ノンコが剣のある声で言ってるブリンダは、オレの真名であるブリンダの方だ。

「ノンコ、カム ウィズ アス(*^▽^*)」

 マヂカといっしょにノンコを連れ出す。

 礼法室と思ったけど、午後の授業で使われるので、三人で音楽準備室に向かう。

「どうやら、気づいたのね」

「うちかて、魔法少女候補生や。それに、今度のタスクでは、うちのこと占い上手な野々村男爵の娘いう設定にしたでしょ。うち、ちょっと才能が開花したみたいやし(n*´ω`*n)」

「これは、話した方がいいな」

「ああ、そこに座れ」

 三人でバスドラムの陰に周る。

「じつは……」

 堀越二郎を救った話をする。堀越二郎なんて、並みの女子高生は知らない名前だ、ましてノンコ、ちょっと、いや、かなり説明がいると思ったら、すぐに納得した。

「ゼロ戦の設計やった人やんか!」

「え、知ってるのか?」

 オレより付き合いの長いマヂカも驚く。

「『風立ちぬ』の主人公やし(^▽^)!」

 そうか、こいつは、そう言う方面のオタクなんだった。

「ゼロ戦だけやないし」

「ああ、戦後は国産初のYS11の設計なんかもやってるしな」

「それだけとちゃうし」

「そうなのか?」

 オレは、ゼロ戦を生み出すために堀越を救いに来たんだ。アメリカをさんざん苦しめたゼロ戦だけど、ゼロ戦が現れなかったら、日米ともに多くの男の運命が変わってくるんだ。

「戦後は、防衛大学の先生をやって、多くの防大出身者に影響を残すし、『宇宙戦艦ヤマト』でもコスモ・ゼロは出てけえへんことになるし、なんちゅうても『風立ちぬ』のアニメは作られへんし、『風立ちぬ』がでけへんかったら、うちみたいに触発されたり影響受けてアニメにハマる人間に影響が出るんよ」

「そ、そうなのか(^_^;)」

「それで、うちを外したんはなんでえ?」

「いや、それはな……」

「ノンコを連れて行くと、四人掛けのシートが埋まってしまって、堀越さんが座れなくなってね、とっさには助けられなくなるからなんだよ(^_^;)」

 事実なんだが、マヂカも腰が引けているような感じだ。

 占いに目覚めたノンコは、ちょっと無敵なのかもしれないぞ。

「そうか……ゼロ戦は三菱だし、三の数字が吉」

 バスドラのドラムヘッド(皮)に『三』をなぞって納得するノンコ。

 なんか、占い師的な貫録が出てきてないか?

 トーーーーン

「任務は、これだけとちゃうね……」

 小さくバスドラムを叩くと、ノンコは顔を向けてきた。

「そうなのか、ブリンダ?」

「ああ、じつはな……」

 いくつか……いや、いくつもあるのだが、とても全部はできない。

 どこまでやるかは、霧子の様子を見ながらマヂカとも相談しようと思っていたところだ。

「緊急性の高いもんからやらんとあかんわねえ……」

「なにを探してるんだ?」

 ノンコは立ち上がると、準備室の楽器たちをチェックし始めた。

「うん、やっぱり、これが間に合いそう……」

 一巡したノンコは元のバスドラムを指さした。

「ちょっと横倒しにしてくれへんやろか」

「大太鼓を横に?」

「そっとね……」

「これでいいか?」

 椅子を二つ並べて、マヂカとバスドラムを差し渡すように横向きに据える。

「ええよ……」

 ポケットから数枚のカルタを出すと、ドラムヘッドの上に並べた。

「いくよ……」

 ドラムのバチを持つと、器用に持ちながらニンジャのような印を結び、オレには分からない呪文を唱えて、ドラムを叩いた。

 ドーーーーーーン!

 皮の上のカルタは生き物のように跳ねて、半分ほどが裏がえしになる。

 裏返ったものを外して、残ったもので、再び叩く。

 ドーーーン

 さっきよりも小さく、しかし慎重に叩くと二枚が残り、さらに繰り返すと、一枚が残る。

「分かった」

「「何が?」」

 ドラムの上に残ったのは、アメリカ人のオレには分からないが、昔の天皇のカルタ札だ。

「9月15日に飛ばんとあかん!」

 震災の二週間後だ。

 なんか、ノンコが開眼してしまったぞ。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 

 

  

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真凡プレジデント・10《立会演説の原稿を考える》

2021-03-03 06:50:32 | 小説3

プレジデント・10

《立会演説の原稿を考える》       

 

 

 

 選挙はテスト明けにあるんだけども、立会演説の原稿は明日が締め切り。

 

 なにを喋ってもいいと思うんだけど、学校は選挙リテラシーとか言う。

 要は事前検閲だ。

 ヘイトとかセクハラとかポリコレとかがうるさいご時世。実際に目を通すのは藤田先生ということもあって、素直に従う。

 

 う~~~~~~~~ん 難しいもんだ。

 

 きっかけは、藤田先生が候補者が集まらず悩んでいるのを目撃して、辞書で引いたら生徒会長というのはプレジデントというカッコいい名称なんだと感激したという、子どもみたいな動機。

 けども、この動機の底には意識しなかった動機がある……と、思う。

 お姉ちゃんみたく才色兼備でもないわたしは、卒業後いっちょまえに生きていくためにはアドバンテージを稼いでおかなくちゃならない。

 単に大学の推薦に有利になるということだけじゃなく(わたしは進学とも就職とも決めてはいない)、世間に出て人交わりしていくにおいて、会って五分もすると「今の子、どんな顔してたっけ?」とか「名前は田中……なんだったけ?」とか、ついさっき見た夢のように印象が薄くなっていくのをなんとかしたい。

 最近の野党は生徒会のようだと言われるように、お気楽なもんだ。揚げ足とりの攻撃ばかりしてりゃいいんだから。でも、わたしは、そこまで恥知らずにはなれない。というか、たいていの意見には「それもそうですねえ」と頷いて、思考停止に陥ってしまう。頷いてしまえば「じゃ、次の人」とか「他に意見は?」とか言われて楽なんだ。そして、次の人とか他の意見とか沈黙とかになって、五秒で、わたしのことなんか忘れられて、忘れられることが楽なんだ。

 そうだよ、思考停止。

 思考停止はいけません! 思考停止をやめましょう!

 わたくし、田中真凡は思考停止と戦うために生徒会長に立候補いたしました!

 う~~~~~~~~~ん

 イケてるようだけど、後が続かない。

 ああ、早く書かなきゃ間に合わない。試験が終わったら、あっという間に立会演説! スケジュールは決まってるんだぞ!

 そう、スケジュール。

 学校は、スケジュールで動いている。

 開校以来の年間スケジュールとマニュアルがデーンとあって、それに従ってこなしていけば立派に任期をこなせる。先生たちを見ていても思うんだけど、無事にスケジュールをこなすことが、人間というか組織の目的なんだよね。今の執行部も、スケジュールをこなす以外には何もやってなかったよね。

 新入生歓迎会 美化運動(ポスター描いたり、制服姿で学校周辺のゴミ拾いしたり) 文化祭 体育祭の取り組み 募金活動(赤い羽根とか青い羽根とか) 近隣の高校との交流(互いに訪問して話を聞いたり喋ったり的な) 予算案を作る 決算報告する 

 どれも、まあこんなもんだって前例がある。前例に沿ってスケジュールをこなしていけば無事に任期はこなせる。

 要は、会議とか集会とかできちんと喋れさえすればいいわけだし、わたしは、そういうコミニケーション能力を付けることが狙い……的な。

 でも、なんだかなあ……他人様に「これなんです!」と訴えかけるには本音過ぎるというか、散漫というか、弱いよねえ。

 

 散漫なままには書けない。

 

 やっぱ、世のため人のため学校のためということを打ち出さなければだめだろう。

 柳沢はどんなこと書いてるんだろう……思ってみても、対立候補、藤田先生が見せてくれるはずもない。

「なんか用?」

 晩御飯食べていたら、いつの間にかお姉ちゃんの視線。

 辞めたとはいえ、東大出の女子アナ。演説の草稿なんてお茶の子さいさい……という気持ちがある。

 いかんいかん、自分で考えなきゃ。

「ひょっとして立会演説……とか?」

「ウ……」

「図星だな、立候補したはいいけど、大勢の前でなんか喋ったことないもんね、真凡は」

「あ、当たったからっていい気にならないでよね。わたしは自分で考えるんだから」

「さすが姉妹、真凡も美姫の気持ち読めない? 放送局辞めてからなに考えてんだか、親でも分からないからね」

 お父さんのご飯をつぎながらお母さん。

「まあ、人生いろいろあるさ」

 軽く受け流すお父さん、心情は分かるんだけど、両親ともお姉ちゃんには無力だ。

 

「狙い目はトラッドだよ」

 

 お姉ちゃんは言い方がうまい。

 ズバッと言うけど、肝心の中身は短くて難しい言葉を使う。難しくとも短い言葉だから聞き直す。この場合お母さん。

「トラッドってなに?」

「伝統よ、革新とか革命とかじゃ、今の世の中人は付いてこないよ。学校のトラッド、それを今の学校に合うように変えることを提案する」

「抽象的ね……?」

 これもお姉ちゃんの手だ。二つくらいのキーワードを言って、ポンと結論を持ってくる。いわば、ホップ・ステップ・ジャンプ。

「たとえばさ、部活。学校は入学の時から勧めてるでしょ? でも、いろいろ条件は厳しい……そこいらへんをね。それから、案外、生徒みんなが良い学習環境を持ってない」

「学習環境?」

「うん、みんなが自分の部屋持ってるわけじゃないし、家庭事情とか、いろいろね。ま、あとは自分で考えな。ごちそうさま」

  やっぱ、東大出の女子アナは伊達じゃない。

 

 部活と学習環境というキーワードがインプットされてしまったよ

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨    急に現れた対立候補
  •  北白川 綾乃   モテカワ美少女の同級生
  •  橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  橘 健二      なつきの弟
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問

 

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銀河太平記・033『アルテミス三号』

2021-03-02 16:22:29 | 小説4

・033

『アルテミス三号』ダッシュ   

 

 

 火星までは72時間の旅だ。

 火星までの有人飛行が可能になった200年前は300日あまりだったから、100倍の速さになった。

 72時間というと丸三日なんだけど、日の出や日の入りがあるわけじゃないから、うっかりしていると時間の感覚が無くなってしまい、体に変調をきたす。

 学園艦くらい大きな船になると、船内照明を調節して疑似的な時間経過を感じさせる。なんでも、昔の潜水艦の工夫が役に立っているということらしい。

 しかし、ファルコンZにはそれが無い。

「特別に居住区というのがあるわけじゃないから、室内照明で調節してね」

 同じことをミナホもコスモスも言う。72時間くらいならファルコンZのクルーは眠らないでもやっていけるらしい。

「だいじょうぶっすよ、俺たち火星の原始人っすから(^▽^)/」

「そう、じゃ、わたしの目を見て」

 言われて、コスモスの目を見ると、コスモスの瞳に俺の顔が浮かんでくる。

 やべえ、目の下のクマがハンパない。

「分かったら、お部屋に戻って照明を落として横になりましょう」

「あ、分かりました。でも、クルーは休まないんですか?」

「フフ、みんな、この船が好きだから」

 はぐらかされた。

「ラウンジに行くとキャビンとは仕様の違うレプリケーターがあるから、リラックス効果のあるソフトドリンクでも飲むといいわ。さっき宮さまにご説明したところだから、きっと、楽しくアドバイスしていただけると思うわよ」

「はい、そうします」

「じゃあ」

 そう言うと、コスモスは、障害物競走のコースみたいな通路を器用に通って機関室の方へ降りて行った。

「おや、ダッシュくんも眠れないのかい?」

 宮さまが気軽に声をかけてくれる。

「あ、はい。ここで、よく眠れるソフトドリンクがあるって、コスモスに……」

「あ、それなら、これだ……」

 そういうと、宮さまは画面の二か所を同時にタッチ。すぐにシュワワと音がして、紙コップが実体化してドリンクが現れた。

「紙コップなんですね!」

「船長のこだわりだろうね」

「これ、なんてドリンクなんですか?」

「アルテミス三号。ま、飲んでみ」

「あ……炭酸きついっすね」

 かえって眼が冴える気がする。

「ジェットコースターみたいなもので、そのあと、ゆっくりと眠りに誘われるらしいよ」

「三号ってことは、一号とか二号とかも?」

「ぼくも、そう思ってコスモスに聞いてみた」

「あるんですか?」

「三号ってつけとくと、一号とか二号とかあるような期待感があるでしょうって、船長の命名らしいよ」

「アハハ」

「いや、いろいろ楽しそうな船だよ(*^▽^*)」

 ピチャ

 半分ほど残っているアルテミス三号が跳ねた。

「増速しましたね」

「船長は眠気覚ましなのかな?」

 残りのアルテミス三号を飲み干すと、ラウンジの照明がゆっくりと落ちていく。

「宵っ張りの僕たちに就寝勧告なのかなあ」

「え、あ……いや、これは……」

 照明は絞るどころか、レベルゼロまで落ちてしまい、非常灯だけになってしまう。

 それに、体で感じるくらいに急な減速が掛かりだした。

 飲み干していなければアルテミス三号をこぼしていたかもしれない。

『緊急連絡、緊急連絡、乗員乗客、乗員乗客、こちら船長。総員ただちにブリッジへ、ただちにブリッジへ』

 船長の声で緊急招集がかかった!

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府   火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ    扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

 

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滅鬼の刃・16『組み立て付録』

2021-03-02 09:13:19 | エッセー

 エッセーノベル    

16・『組み立て付録』       

 

 

 始まりは、月間少年雑誌の組み立て付録でした。

 

『少年クラブ』とか『少年画報』の付録がよかったですねえ。

 米空母エンタープライズの洋上模型は一メートルほどの大きさがありました。シャーマン戦車や潜水艦、忍者屋敷や東京タワーなど、今なら、単独のペーパークラフトとして売っても十分商売になるレベルのものが、定価150円ほどの雑誌についているんですから、毎月楽しみでした。

 親に買ってもらえるのは『少年』だけでしたので、付録は貸本屋さんに買いに行きます。一つ三十円から五十円くらいだったと思います。雑誌の発売日には、近所の少年たちの取り合いになります。友だちの家に行って先を越されているのを発見した時は悔しかったですねえ。

 作って飾ってお終いではなく、使えるものもありました。

 ソノシートが付いたレコードプレーヤーなんてのもありました。

 厚紙のアームの先にペン先のような針が付いていて、ソノシートの端っこに割りピンを差し込んでクルクル回しますと、アームに張ってあるセロハンだったかが振動してかそけき音を奏でます。むかしの蓄音機というのは、こういう感じだったのかと子ども心にもワクワクしました。

 幻灯機というのがあって、セロハンのフィルムが付いていて、自分で調達した電球を仕込んで壁に映します。友だちを呼んで、暑いさ中「オオーー( ゚Д゚)!」と歓声をあげたものです。いまのLEDと違って白熱電球なので、セロハンのフィルムは数回でパリパリになって使い物になりません。幻灯機そのものも茶色く焼けてきて、今なら、絶対売れない、売ってはいけない代物でした。

 1/2000の連合艦隊、こいつは戦艦、空母だけでなく駆逐艦や潜水艦も付いていて、雑誌本体についている輪形陣の図などに並べてみると六畳の間一杯になりました。

 工作が苦手な子もいて(体育が得意な子は工作がヘタだったような記憶がありますが、偏見かもしれません)上手く作ると尊敬されました。

 勉強が苦手なわたしは、こういう工作系でアドバンテージをとっていました。当時は、たとえ勉強ができなくても、なにか一つできると一目置いてもらえるところがあって、まさに滅鬼の刃でしたねえ。そういう点では、いい時代でした。

 だから、運動オンチで付き合い下手なわたしでしたが、イジメにあうことはありませんでした。

 

 組み立て付録は、やがて、ゴム動力の飛行機、木製模型(プラモデルのタミヤが、まだ田宮模型で木製の艦船模型を出していました)、プラモデルに広がっていきます。

 校区の外に安い模型屋さんがあると聞くと、自転車に乗って遠征したもので、いつも四五軒の模型屋さんをハシゴしていました。

 オッサンになってからペーパークラフトをやるようになりました。組み立て付録の延長線ですね。

 プラモデルやソリッドモデルだと十万くらいになるスケールのものが一万円以内で買えます。

 手間暇は、並みのプラモデルの数倍から十倍以上ですが、処分するときはグシャリと潰して燃えるゴミで出せます。ペーパークラフト(紙模型とも言いますが)は軽いので、壊滅的な壊れ方はなかなかしません。いきおい、そのつど修理するので、本当に処分したものは地震によるクラッシュや、中にゴキブリが住み着いたもの以外はありません。

 写真は、1/200の戦艦扶桑です。ポーランド製で通販で6000円ほどでした。

 キットは冊子の形になっていて、数十枚のシートでできています。

 正直、表紙の絵は上手くないのですが、ポーランド製なら間違いないとポチリました。

 実は、日本海軍の研究は日本ではなくポーランドが一番だと思います。

 意外に思われるかもしれませんが、ポーランドは日露戦争以来、大の親日国であります。第一次大戦でポーランドの戦災孤児たちが行く先を失った時も日本は数千人の孤児たちを引き受け、あちこち、移住先が決まるまでお世話をしました。

 だから、紙模型も、ひょっとしたら日本製を超えていると予想したら、そのとおりでした。

 

       

 

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らいと古典『わたしの徒然草38・第三十八段 名利に使はれて』

2021-03-02 06:55:33 | 自己紹介

わたしの徒然草・18

第三十八段 名利に使はれて』    

 

 副題にするには長いので端折りましたが、きちんと書くと以下のようです。

 名利に使はれて、閑かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ。

 名誉や利益(欲)に縛られて、忙しく過ごして一生苦しむのは愚かなことだぜ。


 これは、ちょっと意訳がいりますね。単なる世捨て人の決まり文句ではないだろうと思います。
俗な世捨て人は、世俗を捨てることによって、なにか悟りを開けるようなことを言いますが、実は、単なる現実からの逃避であることが多い。それを言い当てたような格言があります。
「小人閑居して不善をなす」
 つまり、つまらん世捨て人は、一人すまし顔で暮らしていても、ろくな事はしない。という意味であります。へんなブログや、ツィッターで、ろくでもないことを書いたり、呟いたり。したり顔して同窓会などで、晴耕雨読を気取ってみたりする。

 石原莞爾(いしはらかんじ)という軍人が居ました。

 世界最終戦争論を唱えて東条英機らと対立し、開戦と前後して予備役に編入されて、日米戦の段階に突入した大東亜戦争には無縁の将軍でした。

 彼の来歴や活動を述べる力量はありませんので、彼の戦後について少し触れたいと思います。

 搭乗ともかかわりの深かった石原は、他の将官たちと同様にGHQに度々呼び出され、時には東京裁判の法廷にも呼び出されました。

 GHQは、証言を得るに当たって「いまは、どのように過ごしていますか?」と質問します。

 これに対する将官たちの答えは「晴耕雨読」の四文字と決まっておりました。

 晴れた日には畑を耕し、雨の日は家の中で本を読んでいるという、いわば慣用句ですね。

 GHQは「では、手を見せてください」と将官たちの手を取ります。

 たいていの将官たちの手は白く柔らかい手をしておりました。「なるほど……」と呟いて担当のGHQは『こいつは噓つきだ』という印象を持ったそうです。

 ところが、石原の手は日焼けしてゴツゴツしていて鍬を握ったタコができていました。

 石原は、庄内の西山農場でほんとうに百姓をやっていました。

 亡くなった友人が石原寛治が好きで、様々に本を読んで、ぐうたらなわたしが行くと白洲次郎のことなどと合わせて話をしてくれたもので、よく本を貸してくれました。

 三回は読まなければ理解できないと言われた本を一回読んだところで友人は逝ってしまいました。

 今手に取ると、十ページいったところに栞が挟んであります。

 実は、この友人について「名利に使われて」のことについて書こうと思ったのですが、取りあえず晴耕雨読は難しいという導入でありました。

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真凡プレジデント・9《ちょっと子ども時代に返った》

2021-03-02 05:57:16 | 小説3

プレジデント・9

《ちょっと子ども時代に返った》       

 

 

 勉強しなさい!

 

 もう三回目だ。

 今日も、お好み焼きたちばなの二階で勉強会。

 お好み焼きたちばなと言っても、ここはなつきの家。第3回と4回で書いたからご存じだとは思うんだけど念のため。

 なつきはバカじゃないんだけど、今のように気が散って身が入らないことが欠点。

 本人も分かっているから、こうして定期考査前にはわたしを呼んで勉強会になる。

 

 日ごろから集中力のないなつきが、今日は半分の力も発揮できていない。

 

 それは、例の柳沢琢磨が我がクラスのモテカワ美少女北白川綾乃を訪ねてきたからだ。

 学校一番の……ひょっとして日本一秀才サイコパスな柳沢と美少女が、なにやら険悪。険悪と言うことは、険悪に至るまでには、なんらかの関係があったはずで、そのあたりがクラスの試験どころではない関心を呼び起こしたのだ。

 で、そのミーハー最先端にいるのがなつきだ。

 わたしのお昼を買いに行って二人の衝突ぶりを目にしていないので、余計に興味はマックスになっている。

 だから、現場に居合わせたわたしに聞きたくて仕方がない。

「なつきって週刊文秋の記者とかになったら成功するかもよ」

「え、そっかな(#^.^#)!?」

 嫌味が通じない。ま、好奇心があるというのは悪いことじゃないんだけどね。『好奇心は活力の源』って、まともな頃のお姉ちゃんも言っていた。でも、テスト前の好奇心はなつきには毒だ。

 まだ解けていない練習問題をコツコツと指差して注意喚起。

「ありおりはべりいまそがり……ゴキブリのお呪いだよ( ノД`)シクシク…」

「こういうのは暗記するしか手が無いの『右大将に いまそがり ける藤原の常行と申すいまそがりて、(伊勢物語・七七段)』、百回も言えば覚えるよ」

「でもさ、北白川さんが真凡の応援してくれるってスゴイじゃん!」

「え、あ、うん……」

 そのへんの経緯はなつきには言っていない。なつきの妄想をこれ以上膨らませることもないしね。

 それに、ほんの一時とは言え、立候補を取り下げようとしたことは言わない方がいいと思う。

 

 やっと練習問題が終わったころに、おばさんが一階のお店から上がって来た。

 

「勉強中ごめんなさい、なつき、ちょっと……」

「なに?」

 おばさんは、なつきを廊下まで呼び出して、なにやら頼んでいる。

――え、健二が怪我!?――

 なつきの声が響いて、お店を空けられないおばさんに成り代わって小学校に行くことになった。

 なんでも、野球の練習をしていて足をぐねってしまったようで一人では歩けないらしい。

 

 久しぶりの小学校。

 

 なつきの家からだとJRを跨ぐ橋を渡る。昔は、ここで行き交うJRの電車をボンヤリ見ていたりしたものだ。

 JRは橋の下でカーブしていくので撮り鉄たちのビューポイントにもなっている。

 行きしなは健二のことが心配なので、トットと渡ったが、帰り道は、交代で背負っても重いので、健二を下ろして一休み。

「健二の……X$#〇△!?%◇X☆彡$!!!」

 上り列車の通過に合わせてなつきが叫ぶ。通過の轟音で聞こえやしないが、さすがに姉弟、表情で分かっている。

「健二の短足運動音痴の出べそのコンコンチキの天然バカヤローって言っただろ!?」

「ハハ、それだけじゃないよ……X$#〇△!?%◇X☆彡$!!!」

 続きてきた下り列車の轟音に合わせて、もう一声。

 なんだか楽しくなってきて参加する。

「「「%$#〇△!?%◇X☆彡$!!!X$#〇△!?%◇X☆彡$!!!」」」

 ちょっと子ども時代に帰ったひと時。

 なつきと健二が夕日を浴びてケラケラ笑う。これがドラマなら、この瞬間の主役は、この姉弟だと思うよ。

 勉強はともかく、なつきは、いいお姉ちゃんだ。わたしも、弟か妹がいたらいいなって思う。

 おっと、こんなことしてる場合じゃない、早く戻って勉強の続きしなくっちゃ!

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨    急に現れた対立候補
  •  北白川 綾乃   モテカワ美少女の同級生
  •  橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  橘 健二      なつきの弟
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
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やくもあやかし物語・66『路地の向こうの満開梅』

2021-03-01 08:38:48 | ライトノベルセレクト

物語・66

『路地の向こうの満開梅』    

 

 

 たまに道を変える。

 道って通学路のこと。

 通学路と言っても帰り道。

 行きは二丁目の坂道。遅刻するのやだし、そんな余裕ないし、ここに来た時ほど坂道も怖くなくなったし。

 変えるのは、学校から下校の途中――ここから坂道――という分岐点。

 目の前に崖が立ちふさがっていて、右に崖に沿った坂道が伸びている。この坂道をどん詰まりまで上って180度折れ曲がって残り半分の坂道登って、むかしペコリお化けが出たお屋敷が見えたところで右に折れて我が家への道になる。

 それをね、分岐点のところで左に曲がるんだ。

 やっと人一人が通れるくらいの小道と言うか路地になっていてね、そこを抜けると、相変わらずの崖なんだけども、つづら折れの階段があって、そこを上がるとペコリ屋敷(ペコリお化けが出たお屋敷)の北側に出る。

 ほら、むかし、四毛猫が出たところね。

 今日は、月が改まって三月一日。二月と三月って違うでしょ。

 二月二十八日っていうと、まだまだというか、きっぱりと冬ですよ。

 それが、たった一日たっただけなんだけど、三月一日になると、たった一日なんだけど『春』って感じでしょ(#^.^#)!?

 それに、路地の向こうに満開の梅の花が見えたのよ。

 路地の向こうだから、梅の木の全貌が見えるわけじゃないんだけどね。

 ほんの一部が見えるのは、なんとも想像力をかき立てるんですよ。

 全貌を見たら、どんなに素敵だろう!

 それで、ノコノコと左に折れて路地の向こうへ踏み込んでみる。

 

 あ…………あははは

 

 我ながら、空気が抜けるような笑い漏れ出てしまった。

 梅の木は、路地のあっち側から見えているとこだけが花々しくって、こっち側に来て見えた分は、枝も花も貧相で、なんとも見栄を張った梅なのですよ。

 その、見栄を張った部分だけ立派なものだから、スカイプとかやるために、下はパジャマのままで、上だけネクタイとスーツみたいにおかしい。

 やっぱり、梅でも、人から見られるところはきれいにしたいと思うんだろうか。

 

 アハ アハハハ(n*´ω`*n)……

 

 照れたような笑い声がした。

 だれかが悪戯でスピーカーとか仕込んでいなかったら、梅の木の笑い声だ。

 妖かなあ……思わず胸に下げた勾玉の上に手を置いてしまう。

―― あ、妖じゃないから(^_^;)ね ――

 梅の木が喋った。

「あ、ごめん。ここのところ続いてるから、ついね」

―― 大きな声じゃ言えないけど ――

 そういうと、梅の木は、満開の花をつけたまま身をかがめて、梅の香りに包まれたようになって、こう続けた。

―― 今日は、このつづら折れは登らない方がいいわよ ――

 あ、なにか居るんだ。

 そう思ったけど、口に出すと、すぐにそいつが出てきそうな気がして、梅の木に返事もしないで路地を通って、いつもの坂道に戻って帰ったよ。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅

 

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らいと古典・わたしの徒然草・37『第三十七段 今更、かくやは』

2021-03-01 06:29:28 | 自己紹介

わたしの徒然草・17

第三十七段 今更、かくやは』    

 


 朝夕、隔てなく馴れたる人の、ともある時、我に心おき、ひきつくろへるさまに見ゆるこそ、「今更、かくやは」など言ふ人もありぬべけれど、なほ、げにげにしく、よき人かなと覚ゆる。疎き人の、うちとけたる事など言ひたる、また、よしと思ひつきぬべし。

 普段慣れ親しんだ人が、急に気遣いして、よそ行きの言葉や態度で接してくることに、こう言う人がいる。
「いまさら、どうしたんだよ。なんか居心地が悪いよ」
 しかし、オレは思うんだよなあ。そういう時って、つくづく、その人がユカシイってのか、いい人に思えちゃう。
 で、もって、普段よそよしくしてる人が、急にうち解けたってか、馴れ馴れしくしてくるのもいいもんだよなあ(^o^) 一見、兼好のオッチャンの対人感覚が分からなくなる段であります。

 親しいというか、オトモダチと思っていた人間が急に改まったりすると、普通はこう思いますよね。
「こいつ、なにか後ろめたいことでもやりやがった……?」
 あまり親しくないやつが、急に馴れ馴れしくしてくると、こう思います。
「なんだよ、適当に話し合わせてただけなのに、なんかオトモダチだって誤解するようなこと言っちゃったっけ……?」

 これを「いいもんだよなあ(^o^)」と、思うわけですから、分からなくなります。

 実は、これは若い女の子への、感想だというのが真相らしいのです。

 生涯シングルでしたので、兼好という人は、達観した世捨て人のように思っている人が多いように感じます。
 しかし、現実の兼好は、女の子とも適当によろしくやっていたようです。

 前段や、その前を読んでいると、さも人ごとのように書きながら、女の子にメロメロになって、夜中に、その子の家の周りをうろついたり、しばらくご無沙汰の彼女が「お見限りじゃないのよさ」と、露骨に言ってくるんじゃなくて「アシスタントでいい子いないかしら」と、間接的に水を向けてくれる女の子っていいよなあ。などと軽いところもあります。
 女の子、多分その道のプロ。今風に言えば、東京じゃ銀座のオネエサン。大阪で言えばミナミや、北新地のその道のプロ。そのプロの男心のつかまえ方の上手さについて書いているような様子です。
「ケーさん、いえ先生。今日は、ゆっくりしていってくださいな。なんだか、わたし先生と、ゆっくり話したい心境なんです……ご迷惑じゃなかったら……」
「先生……兼チャンでいいよね。なんか兼ちゃんテキトーにしか話してくんなかったから、あたしもね、そんな風じゃったじゃん。今夜はアプローチしていいかなあ。ケンちゃんの目も、なんだか、そんな感じだしい」
 てな駆け引きを喜んでいるような中年のオッサンであります。

 わたしにも、女性から急に態度や物言いをガラッと変えられたことがありました。

 三十年ほど前、組合が二つに割れたことがありました。分会でわたしは、こう主張しました。

「あくまでもN教組に残るべきやと思います。もしZ教に加盟するなら組合の規定に従って、組合員全員による投票が必要なんとちゃいますやろか」
 これに対して、女性組合員のオバサンにこうやられました。
「我々は、上部組合組織に加盟するんじゃないんですよ。自分たちで新しい組合を創るんです。だから、再加盟に関わる全員投票には馴染みまセン!」
「そやかて、昨日までは全員投票必要や、言うてはったやないですか!」
「わたし達は学習したんです。その結果、こういう結論に達したんでス!」
「こ、これがM集中制いうやつでっか!?」
「違います。あくまでも、我々の自主的判断デス!」

 日の丸、君が代でもめたときもこうです。
「日の丸も君が代も、軍国主義の産物とちゃいまんねんで。そのずっと前、明治のころにできたもんで、わたしらは終戦で、やっとそれを取り戻したんやないですか。思い出してください。子どもの頃、正月になったらみんな日の丸揚げてたやないですか」
「そのころは、まだ私たち日本人は気づいていなかったんです。あの旗には、どれだけ血塗られた歴史がこめられているか! どれほどアジアの国々にご迷惑と恐怖を与えたかを」
「アジア、アジアて言わはりますけど、どこのアジアでっか。知ってはりますか。パラオとかバングラディシュの国旗は日の丸がモデルになってまんねんで」
 で、これに対し綺麗な標準語で、こう返ってきました。
「帝国主義者!」
「反動分子!」
「裏切り者!」

 東京の人には分かりにくいでしょうが、大阪の人間、それも五十代以上の人が、「今更、かくやは」と、標準語を使うときは、往々にして「自分」がありません。若い人が使うときは、改まってキチンと話さなければならない面接の場合だったり、ちょっと気取ってみたいときなどで、カワユゲがあり、「よき人かな」と感じます。

 逆に、普段は丁寧語で喋っている子が、急にくだけた言葉になることもあります。

 学校で、十万円盗られた女の子がいました。
 なぜ、そんな大金を持ってきていたかというと、その子は父子家庭の長女で、家事一般その子が仕切っていました。
 その日は、家賃や公共料金の払い込みがあり、その子は放課後振り込もうと思って持ってきたのです。
学校は警察ではありませんので、取り調べにも限界がありました。体育の時間に起こったことなので、判明した直後に全員を会議室に集め、事情を説明したあと、無記名で各自に知っている限りのことを書かせ、五人の教師でそれを読みました。その間、生徒達の様子も観察しましたが、何も手がかりは出てきませんでした。
「ごめん、やれるだけのことはやったんやけど……分かれへん」
 そう伝えると、その子は涙を浮かべ、こう吐き出しました。
「センセ……うち、悔しい! 悲しい!」
 疎き人が、うち解けた瞬間でした。でも、とても悲しい、残念なシュチュエーションでの「うち解け」でありました。

 その子は、悔しさ、悲しさの持って行き場がありませんでした。
思わず、わたしに抱きつこうとしました。まさに「うち解け」た刹那でありました。そのままハグしてやればよかったのですが、その前の月、体育の先生が、ささいな事でセクハラを取られたことが頭をよぎり。一瞬の逡巡(ためらい)が出てしまいました。
 その子は、わたしのためらいを感じて自制しました。ほんの刹那のやりとりでした。ほんの0・二秒ぐらいの時間でした。
 わたしは、教師という立場の怯えがありました。それが逡巡になってしまいました。
 その子は、そういうわたしの立場としての怯えも瞬時に理解し、一人で耐えていました。
 その子は、限りなくうち解け、よき人でありました。

 よき人になり損ねた、なんとも身の置き所のない思い出でありました。

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真凡プレジデント・8《北白川綾乃》

2021-03-01 05:50:39 | 小説3

プレジデント・8

《北白川綾乃》       

 

 

 文章を書くのは難しい……たとえ立候補辞退届であっても。

 

 さっきから二回も書いては消している。

 清書する前にスマホで文案を練っている真っ最中。

 お姉ちゃんには悪いけど、柳沢琢磨とじゃ勝負にならない。わたしは立候補を取り下げることにしたのだ。

 四時間目が自習だったので、自習課題をやっつけてからずっと考えているので、そのまま昼休みに突入してしまった。

 自習時間の席は自由なので、食堂にダッシュできる廊下側の一番後ろの席にいるんだけど、これじゃ意味がない。

 なつきが「じゃ、パンとか買ってくるね!」と言ったのに任せている。

 

 すると……視線を感じた。

 

 顔を上げると……至近距離に柳沢琢磨が立っているではないか!

「ちょっといいかな」

 わたしのことを偵察に来たんじゃないかと、心臓が飛び出しそうになる……が、そうではなかった。

「北白川さんの席はどこかな?」

「え、あ、はい……」

 北白川さんは一人しかいない。北白川綾乃……クラス一番のモテカワ美少女。美少女なのにフランクな子で友達も多い。

 わたしにも気さくに声をかけてくれるけど、自他ともに認める陰薄少女のわたしは委縮してしまって、まともに目を見て話したこともない。サイコパスとの噂もあるくらいの秀才と校内有数のモテカワ美少女! 二人は、そういう関係だったのか!?

 一瞬で妄想が広がって――そこの席です――が言えるのに数秒かかった。

「えと、真ん中の後ろ……です」

「ありがとう、悪いね」

 そう言うと、わたしの後ろを周って北白川さんの席に向かう柳沢。

 横目で観察していると、懐から封筒を取り出して机の中に入れようとしている。

「あの、お手紙でしたら預かりましょうか?」

「あ、そうだね……じゃ、お願いできるかな」

 思いもかけず声をかけてしまった。

 大事な手紙なんだろうという気持ちと、声をかけてみたいという衝動からだ。

 意外に繊細そうな手から封筒が手渡されようとして声が掛かった。

 

「なにしに来てるのよ!」

 

 入口の所で、北白川さんが柳眉を逆立てて立っていた。

 こんな北白川さんを見たのは初めてだ、いままでいろんな人がキレるのを見てきたけど、普段の温厚さとのギャップもあって、わたし自身身の縮む思いがした。

「ちょっと、こっち来て!」

 180はあろうかという柳沢琢磨が150そこそこの北白川さんに引かれて行くのは、なんだかシュールでさえある。

「なんだなんだ」「なになに」という声が上がるが、二人の後を付けて確認しようという者は居ない。

 むろんわたしも二人が去ったドアの向こうを窺うだけだ。廊下に出た者たちの反応で、どうやら屋上に通じる階段に向かった様子。

「あ、あれ?」

 たった今まで手にしていた封筒が無い。

 大事な手紙なんだろう、わたしは、自分の席の周りをアタフタと捜す。

「や、やばいなあ」

 でも、みんなの目があるし、スマホを見てるふりして視野の端っこで教室のあちこちに気を配る。

 主に女子たちがヒソヒソと二人の、主に北白川さんの噂をしている。

 美人…… 実はね…… やっぱり…… ……だと思った それでもね…… とにかく…… あの時……

 会話の断片が耳に入って来る。こういう噂話は苦手だ、それより手紙を、人から預かったものを無くすのは気持ちが悪い……でも、みんなの噂話が……

 ひとりアタフタしてしまう。

 すると目の前にきれいな脚が立ちはだかった……顔を上げると手に封筒を持った北白川さん。

 なんだ、北白川さんが持って行ったんだ。

 ホッと安心すると、北白川さんがガバっと跪いてきた。

「田中さん、あなた生徒会長に立候補してるんでしょ!? 絶対当選してね! 応援してる、あんな琢磨なんかに絶対負けないでね!」

 周囲がざわめいた。

 半分は、いつにない北白川さんの様子に。もう半分は、わたしが立候補していることに。生徒会選挙のポスターなんて、たいていの子は見てないもんね。

 これは、立候補を取り下げるどころの話ではなくなってきた!

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨    急に現れた対立候補
  •  北白川 綾乃   モテカワ美少女の同級生
  •  橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  橘 健二      なつきの弟
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
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