あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

関東百駅巡礼歩行(50)(那古船形駅)(千葉・館山)

2008-12-16 22:25:34 | 関東百駅巡礼歩行
 2008年12月13日(土)



 やまさんが2004年2月からはじめた関東百駅巡礼歩行、ちょう
どまる5年となる第50回目は、JR内房線の那古船形(なこふなか
た)駅。自宅から約4時間をかけて10時46分に到着した。

 参加者は、カメラの私を入れて6人。開設当時のままかと思われ
る古い駅舎の前で記念撮影して、11時ころスタートした。


 まずは駅の東側、堂山の中腹にある崖ノ観音に向かう。線路沿い
から田んぼのあぜ道に出ると、崖の観音の背後の堂山(107m)が
見えてきた。


 船形集落に入って山すそを進む。館山白百合幼稚園のドリームラ
ンドウッズと呼ぶ樹木の多い遊園施設の先に、大屋根の西行寺が
あり、境内の大イチョウが目に入る。


 堂山の東側山すそに古いゲートがあり、常緑広葉樹林に道がつい
ていたので進んでみた。しかし地図上の果樹園マークのあたりで道
は途絶え、その果樹園らしい面影も全く残ってなかった。

 戻って山すその民家の背後を進み、「崖の観音」と呼ばれる大福
寺に入る。本堂前に2本の大きなソテツが並び、南房総の暖かさが
実感できる。


 崖の観音は、背後の露出した岩肌にへばりつくように懸崖造りで
できている。

 西側にある急な石段から、観音堂に上がった。

 堂内の崖面に彫られているのは、十一面観音の真崖仏(まがい
ぶつ)。観音堂が断崖の中段に飛び出すように建てられたことから、
「崖の観音」と呼ばれていて、観音像のは平安時代中頃の様式と
うかがえるが、制作年代は確定できないという。


 観音堂の舞台からは、逆光に輝く館山湾や、眼下の船形集落、
東の山すそに広がる川名集落などの展望がよい。


 すぐ西側の山腹には、垂直の岩壁を背にして諏訪神社も祭られ
ていた。

 ちょうど正午になったので、観音堂前の椅子を借り、館山湾など
を眺めながら昼食をする。

 寺を出て、船形集落の家並みの間を回って船形漁港に出た。波
静かな湾内は小さな漁船が数隻だけ。漁協の卸売市場にも人影
は見られず、閑散としている。

 今朝は休漁なのか、東側の駐船場の上に漁船がたくさん引き上
げられいた。

 漁港の東側に回って小さい流れをどんどん橋で渡り、防波堤沿
いをさらに進む。富士火災シーサイドハウスという独特の形状を見
せる大きな保養施設の先に、「元禄地震再来想定津波高」を示す
標識が立つ。海面からは5m前後と思われる高さだった。

 浜を離れて車道とJRの踏切を渡り、那古集落に入る。広葉樹林
を背にした山すそに、那古寺の大きな本堂や多宝塔などが望まれる。



 房州うちわを製造直売する米澤屋商店のそばを進み、国道を横切
ると那古寺西側の階段がある。

 階段を少し上がると、小さいお堂の前に今は珍しい手押しポンプが
あり、きれいな水も出る。

 閼伽井(あかい)と呼ぶ井戸で、観音堂が再建された宝暦11年
(1761)、伊勢屋金物店が伊豆石を運んで井戸に石組みをして、
くんだ水を観音堂に奉納したとか。安房路を巡る旅人はこの霊水で
乾きをいやし、のどを潤したという。


 石段を上がって、朱塗りコンクリート造りの堂々たる本堂に参拝
する。本堂東側には、歴史を感じさせる多宝塔が立っていた。


 那古寺は、養老元年(717)、元正女帝の病気回復を祈り、行基
がこの地に来て千手観音像を刻み祈念すると女帝は回復し、女帝
の勅命で伽藍(がらん)を建てたという。

 寺は坂東三十三観音霊場第三十三番の結願(けちがん)寺。この
日も、昭和24年(1949)生まれで高校の同級生という男性4人が
来て、1年間かけて坂東札所を回ったとのことで、結願を喜んでいた。

 本堂の右手背後から、豊富な広葉樹林の間の階段を進み、潮音
台と呼ぶ展望台に上がった。

 大きく湾曲した館山湾や、館山の市街地、船形漁港などが一望で
きる。伊豆半島や大島も遠望できるようだが、この日は霞んで見え
ない。しかし天気予報とは逆に、晴天が広がり暖かくなった。

 展望台には東屋やベンチがあり、背後の木の下に、平安の女流
歌人、和泉式部の供養塚が立っていた。


 東側に延びる稜線に設けられた「式部夢山道」と呼ぶ遊歩道に向
かう。一帯はスダジイを中心に、タブノキ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、
モチノキなど、亜熱帯系照葉樹の豊富な森。うっそうと繁る林間を
進んで、芝崎集落に下った。

 集落の中の細道を進み、別の寺の前を通過して那古寺の駐車場
に戻る。そばの納経所で先ほどの4人が、結願した人だけもらえる
証書を作ってもらい、もう一度喜んでいた。

 改めて朱塗りの仁王門から那古寺に入り、鐘楼や納経堂、観音
堂(本堂)などの前を回り、上がってきた石段を下りて駅に向かう。

 さすが南房総、石段の横には早くもスイセンが花を開いていた。

 国道を西に進み、JR内房線の陸橋下を通過し、14時55分に
那古船形駅に戻った。

(天気 曇後晴、距離 7㎞、地図(1/2.5万) 那古、歩行地 館山市)
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