伊東のハトヤから帰るとオークションで入手したハトヤのパンフレットが届いていた。
シアター別館屋上部にはかつてネオンサインが輝いていた痕跡が見えるのだが
それがかつてどのような色をはなっていたのかは分からなかった。
ハトヤ紀行でさまひさんが
>>伊東銀座を抜けて、突き当たりを右折すると、正面に仰ぐネオン~
と、当時の思い出を書いてくれたがこれですね?さまひさん!
シアター別館のネオンサインは赤と青だったのか。
そしてハトヤ各館の上には赤いネオンサインが引かれている。
この写真を見たさまひさんの胸中はいかばかりか。
遠い昔の思い出が蘇ったりしたらちょっと嬉しい。
パンフレットには昼間の画像、点灯していない時の写真もあった。
完成間もない頃だろうか。現在は流れを止めてしまった滝の辺りには瓦葺きの民家が見える。
屋上のネオンは青いカバーが被っているように見える。山側のネオンサインは
他の館からだと夜間は眩しいからなのか、と思ったがパンフレットを見た140コロナタクシーさんは
『あぁ、この写真だけ色を塗ってますね』と、事も無げに言うのだ。
私にはそのように見えなかったのでにわかに信じられなかった。
世紀の大発見をしたと思ったのに・・・
「そ、そんな事ないよおぉぉ!あ、謝れよぉ、訂正しろよぉぉ(涙)」
と奇声をあげ泣きながら掴みかかったのだが簡単にねじ伏せられてしまった。
なんの為に修正の必要があるのだろうか?
答えは別の写真にあった。
更に後ろから撮影されたハトヤだが『ヤ』の部分左に見える屋根は現在のように鉄骨むき出し。
パンフレットに大きく載せるには適さず修正を施したのか。
この頃はシアター別館とを繋いでいるロイヤル別館が出来ておらず駐車個所も異なっているのが分かる。
「ハトヤ海の家」が気になる。
完成予想図とほぼ同じように作られたようでハトヤ消防隊のガレージも現在と同じ。
当時の消防隊の写真もあった。
消防車は2台体制だったようだ。この当時の消防車が残っていたら名物となっていただろう。
後ろに見える初代パブリカが泣かせる。
2019年 初島方面を望む。
過去の景観は
よく見てみると
「~🎶伊東に行くなら下田屋♪」だったか
我らがホテル下田屋さんも写っており今と変わらない事が伺える。
さて皆さん…
ハトヤといえば近年「レトロ感が」「未来への~」「フューチャーライクな~」
とイースタン観光バス(まだ言うか)いや、インスタ映えするという人気のあのトンネルですが
正式な名前があったのをご存知でしょうか?
それは・・・
【つづく】