今回の旅の締めくくりは琴電に乗る事。
琴電にはかつて京急で使われた電車が今も走っている。
今夜の夜行バスが出るJR高松駅まではそのままJR線のフリーパスで行けばお金も掛からないのに
琴電に乗り換えて余計なお金を使う。
琴電高松駅で待っているとやって来たのは旧京急ではなくどこかの私鉄の電車。
またしても運の悪さに苦笑い。
しかし途中の滝宮駅からも高松築港への始発があるのでその駅で降りる。
隣で次の発車を待っていたのは念願の元京急1000系だった。
実に懐かしい・・・
塗装も変わってしまったが懐かしの1000系だ、シャッターも切らずにしばし呆然と立ち尽くす。
昂る気持ちを抑えながら車内に入った
外見は京急時代と変わっても青いシート、水色の車内はあの頃のままだ・・・
天井を見る
今の京急では800型でしか見る事が出来ない扇風機
京浜急行を表す「KHK」の文字
変わっていないであろう「つり革」
子供の頃このつり革が欲しかったんだ
昭和34年の製造だそうです。
シート下のステンレス部分や床も今の京急とは違う
もう全てが皆懐かしい・・・
幼稚園の頃だったか、家族で京急に乗った夜の事を思い出していた。
以前にも書いたが京急の1000系は地味に思えてあまり好きではなかった。
しかし京急沿線で暮らす私には一番乗った車両だった事を今になって思い知る。
子供から学生となり社会人になってもお世話になった。
あの父だって職場へ行くのに京急の上大岡から品川まで行き渋谷から山手線へ乗り換えだったので
京急ではあの1000系を使う事が一番多かっただろう。
ふと、通勤する父が乗ってくるような気が…いや想像をしてみた。
父の事を思い出していた。
子供の頃には分からなかったが職場ではきっと色々な事があってこの電車に乗り家を往復し
家族を支えてくれていた事。
親子それぞれの人生を載せたこの電車にはお世話になっていたんだな…
たいして好きではなかったのに白い天井と薄い水色の車内はただ懐かしく。
『またこんな所で会うなんてな・・・』
失ってからその存在を痛感する。
京急から引退をして四国に行った事は知っていたが遠い地では実感もわかず消滅したも同然。
それが再び私を載せて生きて走っている。
滝宮駅から暫くの間は誰も乗っては来なかった。
誰もいない電車はつり革を揺らしながら走っている。
もしかすると私の人生の最後にあの世へと運ばれる銀河鉄道のような列車があるとしたらこの電車なのかも。
旅の終わりにリアルな夢を見たかのようだった。
終点高松築港駅で折り返し去っていく電車を私はいつまでも見送っていた。
帰りは高松駅で高速バス「コトバス」に乗り横浜へ帰りました。
サンライズ瀬戸には乗れなかったのでいつかまた旧京急に乗りに訪れるかもしれません。
旅から帰ってしばらくしてコルトのルームランプカバーを変えました。
山中に埋もれ長い年月に細かいヒビも入ってしまったそのルームランプは
エンジンの鼓動や電球の明るさに懐かしさを感じているのだろうか?
四国旅行記 【終わり】